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キムタク「声ひとつ出なかった」知られざる“熊本炊き出し”の苦闘

[ブリュレ]

キムタク「声ひとつ出なかった」知られざる“熊本炊き出し”の苦闘

 熊本地震発生からおよそ2カ月後の6月11日から15日、石原軍団がSMAP木村拓哉、TOKIO長瀬智也、V6岡田准一らをともなって、熊本県内で炊き出しを行ったのは既報の通り。木村は1994年公開の映画『シュート!』、長瀬は2002年公開の映画『ソウル』、岡田も06年公開映画『花よりもなほ』で、それぞれ石原裕次郎新人賞を受賞している。また、木村はコーヒー飲料のCM、岡田はドラマ『反乱のボヤージュ』(テレビ朝日系)で渡哲也と共演したことがある。

 そんな縁から、ジャニーズと石原軍団による共同作業が実現した。現地で木村が目の当たりにしたのは、依然として倒壊したまま放置されている多くの家屋だった。そして、いまだ片づけに追われている人たちもいたそうだ。老朽化している建物は全壊しているが、新しい建売住宅はきれいなまま建っているなど、その耐久性の差にも驚いた木村。審査して危険と判断された家には、赤い紙が貼られ、周りに危険を知らせている。そういった現状を目の当たりにし、メディアの報道だけでは分からない現状を知ったという。

 炊き出し当日、まず衝撃を受けたのは石原軍団所有の大きな鉄板前での作業だった。その温度は、木村いわく「体感温度50度以上」という過酷なものだった。しかも、その上で焼きそばを作り続けなくてはならない。慣れている石原軍団の所属タレントは、汗だくになりながらも、そばを焼きながら、来てくれた人たちに大きな声をかけていたが、初めての木村はかなりの苦闘を強いられた。あまりのキツさに「初日は声ひとつ出なかった」と語る。

 3日目には、老人ホームと小学校を訪れた。老人ホームでは男性からTシャツにサインをしてほしいと頼まれ、「必ず前に」というメッセージを書いたそうだ。そのとき「ぜひそうあってほしい」と木村の脳裏に浮かんだ言葉だった。

 石原軍団には80年代の『西部警察』(テレ朝系)の頃から、ロケ地で協力者のために炊き出しをする伝統がある。阪神淡路大震災や東日本大震災のときにもいち早く現地に赴いている。炊き出しするときの屋号は、「元気食堂」だ。タレントはもちろん、裏方のスタッフも一致団結して作業する。木村は今回、その炊き出しの設備やノウハウにいたく感動したようだ。いつかジャニーズ軍団による炊き出しが実現するかも!?

キムタク「声ひとつ出なかった」知られざる“熊本炊き出し”の苦闘

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