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短期集中新連載 永田町謀略録「政治家の殺し方」 第4回 鈴木宗男(新党大地・真民主代表) vol.2

[週刊大衆12月10日号]

党内の実力者だった野中と二人三脚で、自民党内で急速に"政治力"を身につけていった鈴木。96年の小選挙区制への移行に伴い、国替えを経験した。その過程で、それまでの土建業界に加えて、漁業関係者にも太い人脈を築いていくことになるのだった。
翌97年、橋本龍太郎政権で、北海道・沖縄開発庁長官に就任。択捉・国後両島に現役閣僚として初の訪問を成し遂げ、その実績を広く国内外に知らしめた。

小渕恵三、森喜朗と続く政権下でも、ロシア外交にも変わらず心血を注ぎ、官僚とも良好な関係を構築してきたが、01年4月、それが一変することとなる。
きっかけとなったのは、自民党・小泉純一郎政権の誕生。つまり、先頃も新設大学の"不認可発言"で世を騒がせた、あの閣僚――田中眞紀子の外相就任によってである。

彼女は外務省を「伏魔殿」と呼び、官僚と対立。良好だった日露関係もリセットされ、これに焦りの色を隠せなくなった外務官僚たちは、盟友である鈴木に田中を更迭するように働きかけるのだった。
「眞紀子については、さまざまなスキャンダルが連日のように飛び出しました。週刊誌記者の間では"鈴木宗男のところに行ってみたら"というのが合言葉だった。いま考えれば、外務官僚は眞紀子の失策をせっせと鈴木に伝えて、結果として世の中に情報が出るように、計算ずくで利用しようと画策していたのかもしれませんね」(外務省の内部事情に詳しいフリーライター)

結局、外務省上層部は、田中眞紀子の政治的な「抹殺」と同時に、しょせん「外様」で、内実を知りすぎた鈴木をも葬り去る方向に舵を切る。また他方では、「彼がロシア通で、ロシアに接近しすぎたことも、アメリカ、ひいては自民党保守層の機嫌を損ねた」(永田町の消息筋)という見立てもあった。

そして、02年1月、激しいバトルが繰り広げられるなかで、鈴木の身に新たなスキャンダルが降りかかる。『永田町抹殺指令! 嵌められた政治家たち』(双葉社)を著した鈴木文矢氏がこう語る。
「鈴木が特定のNGO団体に対し、政府主催のアフガン復興会議へ参加するよう圧力をかけたというものです。彼は疑惑を否定したものの、衆議院議員運営委員長の職を解かれ、さらには自民党離党を余儀なくされました。一方の眞紀子は小泉純一郎首相により、外相を更迭されることとなったのです」

実は、これには裏取引があったことを、鈴木は自著『政治の修羅場』(文春新書)で明らかにしている。

総理大臣秘書官の飯島勲(当時)がやって来て、〈「もう小泉も腹を決めました。田中真紀子の首は取ります。野上事務次官も辞めさせる。ついては鈴木先生にも協力してもらいたい。議運の委員長を辞任してほしい」〉と迫られたというのだ。

このNGOをめぐる疑惑を機に、鈴木のスキャンダルが次々と発覚し始める。
国後島の「日本人とロシア人の友好の家(ムネオハウス)」の建設をめぐる業者のあっせん疑惑に始まり、ディーゼル発電施設事件、やまりん事件などが表面化していくのだった。
02年2月には国会での参考人招致、3月には証人喚問、6月にはあっせん収賄容疑で逮捕状が出され、結果的に鈴木は逮捕される。

この背景には味方の"裏切り"があったと目されてもいるから驚くばかりだ。
「これらの疑惑の種の多くは、鈴木と共闘していた外務省の官僚たちからリークされたものです。周到に文書を改ざんするなどして、意図的な情報操作を図っていたといいます」(前出・鈴木氏)

12月05日公開のvol.3に続く・・・。

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