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野獣ボブ・サップ怒りの暴露「格闘技界のカネ、女、FBI」 vol.1

[週刊大衆4月1日号]

00年代、K-1、PRIDE、そしてプロレスと、世界に誇る"格闘技大国"だった日本。そうした"格闘技バブル"はなぜ呆気なく弾け飛び、見る影もなくなってしまったのか。

その期間、第一線で戦ってきたボブ・サップが先頃、初の著書『野獣の怒り』(双葉社刊)を上梓。格闘技界の裏側を知り尽くした男が、欲望渦巻くリングの真実を本誌に激白した!

**「まず、この話からしたいと思う。06年のある日、オレにFBI(アメリカ連邦捜査局)から捜査協力要請が来たんだ。"FBIがオレに何の用だ?"と思いながら、オフィスに向かった。担当官は捜査について何もいわなかったが、すぐにわかった。FBIは、K-1の組織的犯罪、マネーロンダリングや脱税、そしてマフィアやヤクザとの関係などを疑っているんだと」

06年に入り、『週刊現代』が人気格闘技イベント・PRIDEをめぐる"黒い疑惑"を追及し、世間の耳目を集めた。結局、06年6月、放送を手掛けていたフジテレビがPRIDEの放送中止を発表し、格闘技界に激震が走った。

「PRIDEの問題がFBIの捜査と直接関係していたかどうかはわからない。だが、ビッグマネーが動いているK-1と、その周辺のビジネスを、FBIが疑っていたのは間違いなかった。いちファイターのオレに、K-1という組織がヤクザと関係があったのかはわからない。そのような噂は聞いたことがあったけどな」

K-1創始者でもある正道会館の石井和義館長は、脱税の容疑で03年2月、東京地検特捜部に逮捕されている。その後、舵取りを担ったのは、K-1主催団体として設立されたFEG社長・谷川貞治氏だった。
「石井館長がいた頃は、オレとK-1の関係は良好だった。だが、谷川がトップになったのち、オレは次々とトラブルに見舞われることになる。その原因は、谷川の無能ぶりと、K-1という組織の杜撰な経営実態にあったんだ。FEGが、ファイターへのファイトマネーの未払いを含め30億円近い負債を抱えて倒産するのは12年5月のことだが、すでに06年の時点でFBIからマークされていた。K-1に内在する組織的な問題に目が向けられていたというわけだ」

FBIが注目していたのが、06年5月15日にオランダで開催された『Kー1ワールドグランプリ』アムステルダム大会だった。同大会で人気ファイター、アーネスト・ホーストの引退試合の相手を務めるはずだったサップは、当日、会場入りしながら出場を拒否。当時、メディアは、〈サップが敵前逃亡〉と書き立てた。
「"敵前逃亡"だって? とんでもない! 細かい話は省くが、K-1とオレとの間で交渉を続けていた契約延長の話がまとまらず、無契約状態のまま試合当日を迎えてしまった。契約を結ばないで、試合をするなどあり得ない。オレは新契約を結ぶか、K-1から離れてフリーのファイターになることを望んだんだが、谷川は、そのどちらもよしとしなかったんだ。なんとか話をつけようと、当日ギリギリまで努力したんだが……」

だが、契約は成立しなかった。結局、サップはリングに上がらず、会場を去ることを決める。それは、まさに"命懸けの脱出"だった。

「いま思い出しても、寒気を覚える。試合出場に首を縦に振らないオレに、K-1と、この大会を共同開催していたオランダ人プロモーターが、マフィアらしき男と控室で脅してきたんだ。"おまえはまだわかっていない。この会場にはギャングだっている""いいか、人が殺されることだってあるんだ"と。最後には背中に手を回し、銃を取り出す仕草までしたんだ!」

この一連の騒動により、サップはK-1と裁判になる。07年6月に両者は和解するが、10年末、またも谷川氏とファイトマネーの支払いで揉め、完全決裂している。そもそも当初は良好だったサップとK-1の関係が劇的に変わったのは、03年、大晦日の対曙戦の成功だったという。
「日本中が"元横綱が、相撲仕込みの突っ張りでサップをKOする"と期待していたのは、わかっていた。だが、オレは噛ませ犬になる気はなかったから、曙の実力を探ろうとジムに偵察に行ったんだ。そのとき、偶然、彼を見かけて、"ああ、これなら大丈夫だ"と思ったよ。歩く姿で曙が一流のアスリートではないことを、すぐに見抜いた。オレの体を見てくれ。こんな体型をした170キロの相撲取りがいるかい?」

その言葉どおり、サップは1R終了間際、右フックで曙をマットに沈める。うつ伏せに倒れたまま、微動だにしない曙の姿に、日本中が言葉を失った。
「曙は大木が折れるようにボキリと倒れたのに、レフェリーはダウンカウントを始めたんだ!"(完全にダウンしているのに)何をやっているんだ!"と思ったよ。試合を続けさせたい"別の理由"でもあるのかと疑ったくらいだ。カウントが続く間、オレは気が気じゃなかった。顔面をマットにつけて、うつぶせになったら、窒息してしまう。だから、試合終了のゴングが鳴るや、オレは曙のもとに走った。曙を助けないと、本当に死んでしまうと思ったんだよ」

この試合は瞬間最高視聴率43%を記録し、NHKの紅白を史上初めて抜いた。
「イベントは大成功だったが、それで谷川は天狗になってしまった。最初に会った頃は腰の低い、シャイでいいヤツだったんだけどな……。権力を持つと、人は変わることを実感したよ。ただ、この試合のおかげでオレの知名度は大きく上がり、アメリカの権威ある『TIME』誌の表紙を飾るまでになったんだから、その点は感謝しているよ」

事実、全盛期の"ボブ・サップ人気"は凄まじいものがあった。テレビ、映画、CM、イベントと、まさに引く手あまただった。
「04年は、オレが日本で最もカネを稼いだ1年になった。ファイトマネー、商品のキャラクター料、映画やCMの出演料……よく覚えているが、最高で月収115万ドル(約1億925万円)だった。信じられないだろう? 寝る間もないほど忙しかったが、その結果、ファイターの域を超え、セレブリティの仲間入りを果たしたんだ」

3月31日公開のvol.2に続く・・・。

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