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星稜高校、巨人ヤンキース!? 松井秀喜「監督力」大研究 vol.1

[週刊大衆1月28日号]

「私、松井秀喜は本日をもちまして、20年間に及びましたプロ野球選手人生に区切りをつけたいと思い、このような記者会見を開かせていただきました」
こう語り始めた彼の姿を、多くの人が目を潤ませながら見たことだろう。

昨年12月27日、稀代のスラッガー・松井秀喜(38)がニューヨークで現役引退を表明した。『ニューヨークタイムズ』がスポーツ面トップという破格の扱いで引退を報じるなど、彼が現地でも本当に愛された選手だったことを改めて世界中に知らしめた。

そこで気になるのは、松井の今後の進路だろう。
「彼ほど野球人生の節目で素晴らしい指導者に巡り合った選手はいません。特に、星稜高校の山下智茂監督、読売巨人軍の長嶋茂雄監督、そしてヤンキースのジョー・トーリ監督の3人は特別。松井は3人から受けた素晴らしい恩恵を後進に伝えることで、恩返ししたいと考えているでしょう」(スポーツ紙デスク)

1月1日付の『サンケイスポーツ』は松井の"初夢プラン"と題して、3つの未来予想図を報じている。その3つとは、①大学進学、②アメリカを拠点にしての生活、そして③は、なんと母校・星稜高校の監督就任だという。
「同紙の松井担当記者は、結婚や引退をスクープしているだけに真実味がある。恩師である星稜・山下名誉監督も"監督の座を空けて待っている"と、引退表明直後にメッセージを送っています」(前出・デスク)

高校2年生のとき、松井はある試合で、明らかなボールをストライクと判定され、怒りもあらわにバットを投げ捨てた。その試合後のこと。山下監督は「トップレベルを目指すなら"心、技、体"三拍子揃った選手になれ」と彼を叱った。

日頃から、そうした山下監督の指導を受けてきた松井は、甲子園で5打席連続敬遠に遭っても、まったく荒れた様子を見せなかった。
「松井自身も現役時代から"高校野球の監督はいますぐにでもやりたい"と語るなど、母校の監督就任も実現の可能性は十分ありますよ」(民放局関係者)

そうかと思えば、別な動きもある。
1月7日、巨人軍の渡辺恒雄会長が、原辰徳監督の後釜、次期巨人軍監督として松井を招聘するという意向を明らかにしたのだ。

渡辺会長は松井に関し、「原君のあとをね、多少コーチなどをやってもらうけども、いずれ大監督になってもらいたい」と明言。

この発言でもわかるとおり、巨人側は、落合博満氏のように「いきなり監督」ではなく、松井にコーチなどの"監督修業"を積んでもらったのち、監督に就任という手順を考えている。

巨人OBの野球評論家・黒江透修氏も、「松井はじっくり物を見るタイプ。巨人はいますぐ監督やコーチはいりませんから、1、2年はのんびりして、それからでもいい」と語る。

「実は、巨人には具体的なプランがある。それは、松井をヤンキースにコーチ留学させ、帝王学を学んでもらったあとで、巨人軍の監督として迎え入れる、というもの。ヤンキースと巨人は業務提携しており、あとは松井の意向だけです」(前出・デスク)

この"監督修業"は、長嶋茂雄・巨人軍終身名誉監督の持論でもある。
「ミスターは現役引退の翌年、いきなり監督をやらされて失敗した経験から、"監督をやるには、絶対にコーチを経験しなくてはダメ"という強い信念がある。2年間、米で修業を積んで、1年は巨人でコーチ。そして監督に、というのが理想でしょう」(ベテランジャーナリスト)

長嶋氏と松井の絆は誰もが知るところ。引退会見で、20年間で最も印象深い場面は? と問われた松井は、「長嶋監督と2人で素振りをした時間。それが一番印象に残っている」と答えた。

92年のドラフト会議で当たりを引き当て、松井を獲得したのは長嶋氏だった。以来、松井は毎日のように長嶋氏から2人きりの指導を受けてきた。ホテルの一室で、また、田園調布の長嶋邸の地下室で行なわれた素振りが、松井の基礎を築いたのだ。
「学んだのは技術だけではありません。松井は"長嶋監督から男がどうあるべきかを学んだ。どんなことがあっても言い訳せず、何をいわれても構わない、という態度です"と語っています」(前出・民放局関係者)

チームの勝利に全責任を持ち、一切、言い訳をしない。これこそが監督のあるべき姿だろう。松井はすでに極上の「監督力」を長嶋氏から学んでいたのだ。

1月27日公開のvol.2に続く・・・。

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