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野茂もダルも超える! ヤンキース黒田博樹「魂のサムライ伝説」10連発 vol.2

[週刊大衆12月17日号]

黒田にとって、マウンドはいわば死に場所なのだ。
「勝ち負け以前に、投手として戦う姿勢を見せることが大切だと思っている」と、ライナーも身体で止めにいくプレーに、チームメートが深い信頼を抱くのは当然だろう。

野茂英雄はインタビューで、よい投手の条件を訊かれ、こう即答している。
「信頼されていることがまず第一です。キャッチャーをはじめ、チームメートに信頼されて、マウンドに上がる。プロのピッチャーであれば、ファンからも信頼されなければなりません」

これは、黒田を指しているとしか思えない言葉だ。

ファンとの絆、ということでは、黒田には絶対に欠かせない逸話がある。06年、プロ野球界を代表する投手となっていた黒田はFA権を取得。チームを去ることをファンも予感していた。そして、同年10月16日のシーズン最終戦、広島市民球場の外野席に、巨大な横断幕が掲げられた。

我々は共に闘って来た今までもこれからも…未来へ輝くその日まで君が涙を流すなら君の涙になってやるCarpのエース 黒田博樹

9回2死からマウンドに立った黒田は、横断幕と右翼席で揺れる当時の背番号15のボードを見た。そして、もう1年、広島でプレーすることを決めたのだ。

カープファンの漫画家・杉作J太郎氏はこう語る。
「横断幕で、ファンがそこまで強い気持ちだということはわかっていたんでしょう。すべてのカープファンは、いまでも黒田が帰ってくると信じてます」

プロ野球史上に類を見ない、この横断幕について、「本当に僕だけに向けたメッセージだったことが嬉しかった。僕の心に永遠に残るものだった」と語る黒田とカープの絆は、現在でも変わらない。

今年1月、ド軍との契約が切れた黒田は、ある決断を下す。
〈アメリカの野球にひと区切りをつけよう、そして広島東洋カープにお世話になろう、と。日本サイドでの僕のマネージメントを担当している方を通じて、アメリカの球団に連絡を取ってもらうことにした。「すみませんが、ヤンキースには断りを入れてもらえませんか。日本に帰ることにしました、と」〉(前掲書より)

黒田が選んだのは、世界一の名門球団ではなく、カープだったのだ。

その後、悩み抜いた末にヤ軍に移籍し、。冒頭の活躍を経て、ヤ軍に残留することが決まった黒田。

しかし、我々は遠くない将来、彼の雄姿を日本で見ることになるだろう。サムライ魂の赤い輝きは、曇ることを知らない――。

12月12日公開のvol.3に続く・・・。

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