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WBC3連覇!日本代表 山本浩二監督 異次元の天才伝説 vol.1

[週刊大衆1月21日号]

WBC1次ラウンドの初戦(3月2日、対ブラジル戦=福岡)まで、あと2カ月弱。「3連覇」の偉業に挑むのは、"ミスター赤ヘル"こと山本浩二・日本代表監督(66)だ。

山本監督は法政大からドラフト1位で69年に広島に入団し、MVP2回、本塁打王4回など数多くのタイトルを獲得。現役通算2339安打、536本塁打という実績を残し、野球殿堂入りも果たした。

実績だけを見ると、まさに侍ジャパンを率いるのにふさわしい大選手だが、どうも"山本監督"に対する評価は芳しくない。
「山本監督は広島の監督として計10シーズン、指揮を執りましたが、優勝は91年の1回だけで、Bクラスが実に7回ですからね」(スポーツ紙デスク)

温厚な人柄で知られる山本監督だが、一方で天真爛漫な性格そのままの"能天気発言"も、不安を煽る要因の一つになっている。
「山本監督は今シーズン、解説をしていたとき、代表候補にも選ばれたロッテの角中を見て、"あれは誰や?"といったほど、パ・リーグには疎いんです。また、報道陣に対しても"キューバや韓国との対戦を考えると、夜も眠れないなあ。でも、昼間寝てるんだけどね"と真顔でいってました(笑)」(前同)

こんな発言を聞くと少々、不安な気持ちになってしまうが、「彼は紛うことなき"天才"ですよ」と断言するのは、法大時代の山本監督もよく知る六大学野球連盟のOBだ。

山本監督は広島市出身だが、高校は無名の県立廿日市高。「エース兼4番」で奮闘するも、ベスト4で敗れ、甲子園に届かなかった。
「ただ、その活躍が、当時の南海監督で法大OBの鶴岡一人さんの目に留まり、法大に進学することになったんです」(連盟OB)

法大では山本監督の1学年後輩に当たる野球解説者の江本孟紀氏が、当時を回想して語る。
「当時の法大は毎年、100人近い新入部員が入ってきたんですが、最初から合宿所に入れる"エリート"は7~8人しかいませんでした。山本監督も、その中には入っていません。山本監督は大学2年で投手から外野手に転向したんですが、当初は毎日毎日、何時間も外野で球拾いばかりやらされてました。普通だったら辞めてしまいますよ。それを耐える我慢強さは、すごいと思いましたね」

猛練習の末、レギュラーの座を掴んだ山本監督は、同級生の田淵幸一、富田勝とともに"法大三羽ガラス"と呼ばれ、法大の黄金時代を築いたのだ。
「山本監督は現役時代から常々、"今日の僕があるのは練習のお陰。大学で野手に転向したときもそうですし、プロ入り直後も、意識が朦朧としてくるまでマシン相手に打たされました。でも、それで余分な力を抜くコツを掴んだんですよ"といっていました。田淵が"天才肌"とすれば、山本監督は"努力の天才"でしょう」(前出・OB)

その言葉を裏づけるのが、山本監督の現役時代の成績だ。プロ入り当初は典型的中距離打者だったが、プロ7年目の75年、29歳で初の首位打者と30本塁打を達成。そして、77年からは「5年連続40本塁打&100打点」と、まさに「大器晩成」を地で行く遅咲きの大輪を咲かせたのだ。
「山本監督のバッティングは、とにかく"読み"がすごかったですね。狙い球を絞って、左右によく考えて打ってくる。その反面、大事な場面では、"勝負師"さながらの大胆な決め打ちもできるバッターでした」(前出・江本氏)

1月15日公開のvol.2に続く・・・。

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