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長嶋茂雄VS野村克也「球界"牛耳り"」覇権バトル vol.1

巨人と北海道日本ハムが相まみえた2012年の日本シリーズ。これが、半世紀以上の因縁を持つ2人の"代理戦争"だったことをご存じだろうか。

かたや、原辰徳監督。こなた、栗山英樹監督――。
両者の指揮官としてのDNAを遡ると、2つの野球界の巨星に行きつく。長嶋と野村だ。

ご存じのとおり、原監督は長嶋茂雄巨人軍終身名誉監督(76)の愛弟子。そして栗山監督は、90年に野村克也氏(77)の下、ヤクルトでプレーした。
「主軸選手を見ても、巨人の阿部慎之助、高橋由伸は長嶋監督に直接指導されていて、日本ハムでは稲葉篤紀がヤクルト時代、武田勝は社会人のシダックス時代に野村監督の薫陶を受けている。"長嶋対野村"を意識せずにはいられませんでした」(夕刊紙記者)

選手、監督として戦ってきた両者の遺伝子が現在、球界で覇を競っている。
「長嶋監督の直系がDeNAの中畑清監督。ヤクルトの小川淳司監督は現役時代に指導を受けた完全な野村門下生だし、西武の渡辺久信監督も選手時代の晩年、ヤクルトに移籍し、野村監督の門を叩いています」(スポーツ紙デスク)

野村氏が90年から98年まで指揮を執ったヤクルトでは、古田敦也、池山隆寛、橋上秀樹、荒木大輔、尾花髙夫、吉井理人、荒井幸雄、秦真司、伊藤智仁、田畑一也など、その理論に触れた多くの選手たちが指導者の道に進んでいる。
「宮本慎也や稲葉も、野村野球を完全に自分のものにしており、将来有望な監督候補です」(前同)

99年から01年までの阪神時代には『ノムラの考え』を配布し、チームの意識改革を図った野村監督。その意味で、和田豊・現阪神監督も教え子の一人だろう。その後、野村氏はシダックスで武田勝、楽天で田中将大らを育てている。

72年に南海に移籍し、野村監督の下で見事な働きを見せた野球解説者の江本孟紀氏は、こう語る。
「私の現役当時は、ノムさんは選手兼任監督でした。ミーティングは多かったですが、上っ面ではないので忘れないですね。ONと違うのは、監督として頭で考えさせる点。捕手として選手を指導する姿なんて、見たことがありません」

それとは対照的に、連日の千本ノックで長嶋監督が選手を鍛え上げたのが、1979年の秋、静岡県伊東市で行なわれた通称「地獄の伊東キャンプ」だ。

血反吐を吐く猛練習で、当時若手だった中畑清、松本匡史、西本聖、篠塚和典らが大きく飛躍し、のちに指導者となった。
「中畑監督は、この秋に"あの伊東を再現する"と、主将の石川雄洋や、有望株の筒香嘉智に猛練習を課しました。来季からオリックスの投手コーチになる西本聖もそうですが、皆が長嶋茂雄の教え子というプライドを持ち、優勝するには妥協できないんだ! ということを徹底的に教え込んでいますね」(専門誌記者)

しかし、野村氏は著書『オレとO・N』で、〈猛練習で鍛えあげるのは、最も初歩の段階であり、指導者として一番簡単なやり方である〉と、長嶋監督をチクリ。さらに「長嶋巨人と戦っていても、怖さを感じなかった」と、上から目線で批判している。

一方の長嶋監督は、ことあるごとに長嶋批判を繰り返すヤクルト時代の野村監督について、親しい記者にこう漏らしていた。
「ノムさんのやり方は邪道だ。岡林、川崎、伊藤など優勝するたびにエースを壊しているじゃないか。彼らはチームの宝、財産だ。オレはノムさんみたいなことは絶対にしない!」

確かに、長嶋監督の指導は、選手に寄り添ったものだったようだ。
「横で練習を見ていると、ミスターが選手にする助言は"ピシャッと、な!?"とか"ガッ、といけ!"とか、擬音ばかり。でも、選手に聞くと"すごくよくわかる"という。理屈じゃないんですよ」(ベテラン記者)

99年に長嶋政権下で野手総合コーチ、00年からはヘッドコーチを務め、01年に長嶋監督のあとを継いだ原監督も、指揮官としての英才教育を受けていた。

当時を知る担当記者は、原監督がこう語るのを聞いたという。
「コーチ時代、前日の試合の作戦、采配について長嶋監督に尋ねると、懇切丁寧に教えてくれました。"なぜ、あそこで選手を代えたんですか?"と聞くと、"いいか、戦国時代には、こういう合戦があって……"と、有名な合戦や戦国武将の性格分析まで話が及ぶ。すごくよくわかったし、勉強になりましたね」

12月20日公開のvol.2に続く・・・。

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