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特別企画日本プロ野球「怪物ドラ1」9人の軌跡 vol.5 津田恒美

[週刊大衆11月12日号]

津田恒美

60年8月1日山口県生まれ、81年ドラ1で広島に入団。主に救援投手として活躍。93年7月20日、逝去。

最速153キロの豪速球と鋭く曲がるカーブを武器に、相手チームに敢然と立ち向かった「炎のストッパー」津田恒美。

彼の野球人生は、実にドラマチックなものだった。新人王、手術、抑え投手として復活、最優秀救援投手選出……その足跡を振り返るだけで胸が熱くなる。

しかし、選手としての絶頂期に病魔に冒された津田は引退を余儀なくされる。

91年、体調不良のために検査入院。そして、手術で摘出できない位置に悪性の脳腫瘍が見つかる。「奇跡の復活」のため、闘病を続けた津田は、一時は奇跡的な回復ぶりをみせ、現役復帰に向けたトレーニングを行なうまでに。

しかし、思いは叶わず、93年7月20日、帰らぬ人となった。享年32。当日はオールスターゲームの開催日。訃報は試合途中で伝えられ、地元広島で親交のあったアナウンサーは、実況中に声を詰まらせた。

葬儀には、山本浩二監督以下広島の選手全員が喪服ではなくユニフォーム姿で参加した。

津田と最も親交の深かった森脇浩司(現オリックス監督)は、93年に行なわれた自身の結婚披露パーティーに津田の席を用意。グラスにビールを注いでキャンドルサービスを行ない、出席者の涙を誘った。

「もう一度投げたい」という本人の夢は叶わなかったが、森脇らが尽力し、津田の死後3カ月後、一人息子の大毅君(当時4歳)が、背番号14をつけて、始球式のマウンドに立った。

11月08日公開のvol.6に続く・・・。

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