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「ダービージョッキー」という栄光

 夢  それは、誰の胸にもあるものです。
 違いがあるとすれば、心の中に思い描くだけのものなのか、それとも、自らの手で?み取ろうとするものなのかの差。しかし、そのわずかな違いが、結果に大きく関わってくるのが勝負の世界の面白さであり、厳しさです。
 僕が、ホースマンの誰もが憧れてやまない日本ダービーにほのかな夢を抱いたのは3歳のときでした。

 ロングエースに騎乗した父(武邦彦)が、ダービーを初制覇。いつもは無口な父が、照れたような笑顔をのぞかせていたのをおぼろげに覚えています。
 デビューから次々に最年少記録を塗り替えた僕の騎手人生を、人は順風満帆というでしょう。事実、どんなレースであれ、勝つたびに、僕の心は喜びで満たされ、それが次のレースへの推進力となっていました。
 しかしです。誤解を恐れずにいうと、それらと引き替えにしてもいいほど、欲しくてたまらなかったのが、ダービージョッキーの称号でした。初めてのダービーは、デビュー2年目の1988年。コスモアンバーに騎乗した僕は何もできず16着に終わりました。
 その後も、ダービーという高い壁に何度も跳ね返され、いつしか、僕がダービーを勝てないのは、競馬界七不思議のひとつといわれるようになり、それが高じて、「武豊はダービーを勝てない」とまで揶揄されるようになっていました。
 感情をコントロールするのもプロフェッショナルの条件の一つですから、極力、顔には出さないようにしていましたが、内心では、「余計なお世話や」と毒づいていたものです(笑)。
我を忘れ歓喜した
ダービー勝利の瞬間
 そんな僕の上を覆っていた黒い影をすべて吹き払ってくれたのが、10度目の挑戦で巡り会ったスペシャルウィークでした。
 追いかけても追いかけても届かず、ときには、勝利寸前で、掌からスルリとこぼれ落ちたダービージョッキーの座……はじめてそこに〓り着いた瞬間、僕は我を忘れ、何度もガッツポーズを繰り返していました。
 この初戴冠を皮切りに、これまで99年アドマイヤベガ。02年タニノギムレット。05年ディープインパクトで勝利しています。今年は、佐々木晶三調教師が管理するキズナをパートナーに5度目の戴冠を狙います。
 力だけでも、運だけでも勝てないレース  それが、ダービーです。積み重ねてきた経験と何度も?みしめた苦い思い、そして、何よりも、自分の手で?み取ろうとする強固な意志があってはじめて、〓り着ける最高の場所です。
 なかには、「4度勝っているから、もういいでしょう」という人もいますが、冗談じゃありません。ほかの誰にも渡したくない。それが、ダービー。5度でも6度でも7度でも……騎手であり続ける限り、僕はその夢を追い続けます。
 5月26日午後3時40分。できれば競馬場に足を運んでほしいですが、テレビ観戦の方は一瞬たりとも目を離さず、日本最高峰のレースを堪能してください。

10度目の挑戦で初戴冠!

「ダービージョッキー」という栄光

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