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タクシードライバーが紡ぐショートストーリー【第1回】

タクシードライバーが紡ぐショートストーリー【第1回】

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大都会・東京。様々な人間の欲望渦巻くアスファルトジャングルで、いつ何時誰にでも利用できる唯一無二の交通手段として存在するタクシー。一般人からセレブ、はたまたフリーターから芸能人まで、ありとあらゆる人たちを乗せて走るタクシードライバーたちの素顔に迫る実録ルポーー。

「ひゃっほーっ!!」
「わっ!!」

キキキキキッ!!!!!

「ふう…。まったく、これだから新宿は…」

奇声とともに突如、酔っ払って車道に飛び出してきた若者に急ハンドルを切らされた牧野清人(仮名)は、ハンドルを元に戻して軌道修正しながら、ひとりつぶやいた。酔客で賑わう繁華街に面した公道では珍しいことではない。

「新宿や渋谷はホント、いきなり若者が急に飛び出して来たりするんですよ。運転が不慣れな人は絶対に行かないほうがいいです」

そう語る牧野は、今年で65歳。タクシードライバー歴は13年になった。この業界には70代のドライバーも少なくないが、それでも牧野が高齢のドライバーであることには変わりない。あまり仕事中に眠くなることはないが、先程のようなことがあると、今一度、気を引き締めるべくブラックブラックのガムを噛むようにしているのだという。

「普段の私は、東武練馬~池袋あたりを流してるんです。数字が足りないときには歌舞伎町界隈まで出向いたりもするんですが、なるべくなら行きたくないっていうのが本音なんですよ。だって、何かと難癖つけて支払わずに降りようとする輩が多いんですから…。実際、払わずに降りる人も多いし。あれはホント困りますよ」

牧野が高齢だから、乗客もなめてかかるのだろう。仕方がないといえば仕方のないことなのかもしれないが、心労から来るストレスは老体にさぞ応えるだろう。体調管理の上での心がけなどはあるのだろうか。

「3食しっかり食べる…ですかねぇ。恥ずかしいですけど、1食あたり500円を目安にしてるんで、松屋とか、すき家が多いです。車の中で食べるときは『ほっともっと』とかお弁当系が多いですね。いちおうバランスには気を使っているつもりです。休憩ですか? 休憩はめったに取りませんね。…あ、でも本当に疲れたら、こっそり家に帰っちゃったりしてますね。いや、何をするってわけじゃないんですけど、妻の入れてくれたお茶と一緒に羊羹なんかを食べて、ちょっと横になるだけでも全然違いますから。家に帰っていることは内緒ですよ。バレたら(首を切る仕草で)コレになっちゃいますから」

頭をかきながら、おどけてみせる牧野からは人の良さが滲み出ており、どこからどう見ても好々爺といった感じだ。こんな人を相手に、確信犯的に無銭乗車を決め込むヤツらに良心はないのだろうか? と憤りさえ覚える。

「でもね、そう悪いことばかりでもないですよ。昔、フジテレビと契約してる会社に勤務していたときは芸能人なんかもよく乗せましてね。普段テレビでしか観ない人たちの意外な素顔が見られて、おかしいやら驚くやらで新鮮でしたよ。特にアナウンサーのT・Aちゃんはよく乗せたなぁ~。当時、騎手のT・Kさんと付き合ってて、『Kちゃんが、Kちゃんが』ってよく話しかけてくれてね(笑)。私も競馬は詳しいほうなんで、聞いてて楽しかったなぁ~」

それはね、牧野さん。T・Aも、きっと相手があなただったから心を許したんだと思いますよーー。そう言いかけたところで目的地の九段下に着いたようだ。会計を済ませて、私は言った。

「頑張ってくださいね。牧野さん」
「ああ、どうも。お客さんも!」

人が良すぎるとバカを見る。しかし、騙すほうになるより騙されるほうがよっぽどマシだーー。昔、祖父が言っていた、そんな言葉を思い出した夜なのであった。

※登場人物はすべて仮名です。
※取材した内容をもとに構成しています。
※写真はイメージです。

タクシードライバーが紡ぐショートストーリー【第1回】

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