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タクシードライバーが紡ぐショートストーリー【第5回】

タクシードライバーが紡ぐショートストーリー【第5回】

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大都会・東京。様々な人間の欲望渦巻くアスファルトジャングルで、いつ何時誰にでも利用できる唯一無二の交通手段として存在するタクシー。一般人からセレブ、はたまたフリーターから芸能人まで、ありとあらゆる人たちを乗せて走るタクシードライバーたちの素顔に迫る実録ルポーー。

「前のタクシー、追ってください!」

たった今、国道一号線で拾った男の客が、開口一番そう告げてきた。やけに慌てた感じだ。

「わかりました」

山岡富三(53歳)はそれだけ言うと、あえて理由は聞かずに前のタクシーを追い始めた。この手のお願いはたまにあるが、どうせろくな類じゃないと思うからだ。例えば、一方的なストーカー、スクープ狙いの雑誌記者、警察関係者などなど…山岡の一方的な思い込みかもしれないが、仮にこの中のどれかだとすると、どれもできれば関わりたくないと思うのは山岡だけじゃないだろう。

黙ってタクシーを追いながら、バックミラー越しにチラッと客の顔を覗く。なかなか端正な顔立ちのイケメンで、年の頃は30代前後か。見た感じ、ストーカーと警察関係者ではなさそうだ。かといって雑誌記者という感じもしない。だとすれば、この若者はなんのために前のタクシーを追っているのだろうか?

「車間距離はどうしますか? あまり、くっつかないほうがいいですか?」
「どっちでもいいです。とにかく、なんとか見失わないようにしてください!」
「わかりました」

答えながら、山岡は思った。どっちでもいいとは妙だ。大体、この手のお願いをしてくる客は、「できれば前の車に悟られないように」というのがお約束なのだが…。そんなことを考えながら、間に1台挟んだ状態でターゲットのタクシーを追う。ここが地方であればターゲットの車との間に2台いてもなんとかなるが、東京でターゲットを追う場合、間に2台はリスキーだ。特に信号の変わり際が危ない。

細心の注意を払いながらハンドルを握っていると、「いや、実は…」と、イケメンが唐突に切り出した。

「前のタクシーに乗ってる女の人がバックから財布を落としたんですよ。で、たまたま通りかかった僕が財布を拾って彼女に渡そうとしたんですけど、彼女はすぐにタクシーを捕まえて乗っちゃったんです。どうしよう? と思ったんですけど、気がついたら僕もタクシーに乗っちゃいました(苦笑)」

思いもかけぬ真相を告白され、思わず山岡は唸った。

「はあー、そうだったんですか~。いや~、立派ですね、お客さん。こんな殺伐とした時代に、そこまでして財布を渡してあげようだなんて」
「乗りかかった船じゃないですけど、拾っちゃった手前、渡す責任があるような気がして」

なんてイイ男なんだろう…。こんな男が娘の旦那だったらいいのに…。そんなことを考えていると、イケメンが続けて言った。

「財布がないわけだから、きっと当然タクシーを降りるときに、もたつきますよね?」
「まあ、そうなるでしょうね」
「そのタイミングで渡そうと思ってるんですよ」

こりゃ、何がなんでも見失うわけにはいかない。山岡は覚悟を決めた。「絶対に、この客の思いに応えてやろう」と。

20分ぐらい走っただろうか。市ヶ谷付近を走行中に、ふいに前のタクシーがハザードランプが点滅させながら道路脇に車を寄せた。それを見て、山岡も慌てて車を停める。

「ふう。なんとか追いつきましたね」
「いやー、ありがとうございます! じゃあ、(代金は)これで。お釣りはいいです」
「ありがとうございます。頑張って渡して来てください」
「はいっ」

白い歯を覗かせたイケメンが、山岡のタクシーを降りて、前のタクシーに向かっていく。案の定、前のタクシーはハザードランプをカチカチさせたまま動かない。おそらく財布のないことを知った女性は会計ができずに、バックの中を探してまごついているに違いない。

顛末を見届けたい山岡が車中から前方の様子を窺っていると、イケメンが後部座席をノックして財布を見せている。そして後部座席の女性と数秒話した後、ニコッと笑顔を見せた。きっと女性は自分が財布を落とし、この人が届けてくれたという事実を理解したのだろう。

それを見て、山岡はゆっくりと車を前に出した。前のタクシーを追い越し際、イケメンのほうを見ると、ペコペコと女性がイケメンに頭を下げている。こちらの視線に気付いたのか会釈をしてきたイケメンに、山岡もかるく手をあげて応えた。

世の中捨てたもんじゃないな…。山岡は「今夜はうまい酒が飲めそうだ」と独りごちながら、上機嫌でアクセルを踏み込んだ。

※登場人物はすべて仮名です。
※取材した内容をもとに構成しています。
※写真はイメージです。

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