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タクシードライバーが紡ぐショートストーリー【第7回】

タクシードライバーが紡ぐショートストーリー【第7回】

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大都会・東京。様々な人間の欲望渦巻くアスファルトジャングルで、いつ何時誰にでも利用できる唯一無二の交通手段として存在するタクシー。一般人からセレブ、はたまたフリーターから芸能人まで、ありとあらゆる人たちを乗せて走るタクシードライバーたちと、その乗客をめぐる、心がほっこりするショートストーリー――。

アメリカ人の私、ジョージが日本で暮らすようになって、11年が経つ。今となっては日本の大抵のことには驚かないつもりだが、初めて日本に来たときは多くの外国人がそうであるように、日本のタクシーのサービスに驚いたものだ。

今から11年前。日本人である現在の妻と暮らすことを決意して、初めて来日した30歳のとき、タクシーの後部座席の扉が自動で開閉するのを見た私は、思わずのけぞってしまった。妻からは「アメリカと違って日本のタクシーの扉は自動で開くから、自分で開けなくていいのよ」と聞かされてはいたが、実際にそれを目の当たりにしたとき、驚きとともに「日本に来たんだなー」と実感したものだ。

私の知る限り、アメリカだけではなく世界中のどこを見ても、自動開閉のタクシーなんてない。これこそ先日、IOCに向けた2020年夏期五輪招致の最終プレゼンで、日本の女子アナ、滝川クリステルが言った「お・も・て・な・し」の精神なんだろう。

いつも思うが、タクシーの車内は極めて清潔に保たれていて驚かされる。それどころか、すべてのタクシードライバーがよくアイロンのかかった制服を着てネクタイを締めている。そんな彼らを見るにつけ、清潔好きで秩序正しい日本人の国民性を思い知らされてきた。

今ではすっかり日本のタクシーの虜になってしまった私は、先日、アメリカから遊びに来た旅行好きの友人トムに、タクシーがいかに快適か熱弁を振るってしまった。

「高級リムジンのハイヤークラスのサービスが、すべてのタクシーで実施されているんだぜ。料金メーターがついていることも、外国人旅行者にとっては助かるだろう?」 
「確かにそりゃ助かるな。ほかの国では料金メーターがついていても回さなかったり、ぼったくるタクシーも少なくないからな。旅行者は空港に着いた早々に不慣れな言葉で、タクシー運転手と目的地までの料金交渉に神経をすり減らすことになるのさ。それはそれで異国でのスリリングな体験といえるかも知れないが、やはり緊張せずに済むなら、そのほうがよほど快適ってもんだ」

そう言いながらも、冒険好きのトムは異国でのスリリングな空気を楽しんでいるフシがある。長い付き合いの私にはそれがわかっていたが、あえてそこには触れないでおいた。

「トム、そういえばチップは払ったか?」
「当たり前だろ。俺はどの国でタクシーを利用しようと、いつだってそうしてきた」
「やっちまったな、トム(笑)。日本はアメリカと違ってチップを必要としないんだぜ」
「マジかよ! なんてこった! 俺はオマエに成田空港から東京までタクシーで来るなんてバカなマネはするなよとは聞いてたが、チップの必要がないとは聞かされてなかったぞ?」
「悪い、悪い」

別にトムに意地悪したわけでもなんでもなく、チップのことは本当に忘れていたのだ。

「でもよジョージ、そんなことより俺がいちばん感銘を受けたのは、運転手席と客席の間に防弾ガラスの仕切りがなかったことだよ!」

それは意外な視点だった。忘れていたわけではないが、11年も日本に暮らしていると、タクシーに防弾ガラスの仕切りがないことにさえ違和感を感じなくなってしまう。そうなのだ、日本は世界の中でもそれだけ平和な国なのだ。トムの一言は、私に改めてそんなことを認識させてくれた。

「多くの国を訪れた俺に言わせりゃ、タクシードライバーってのは俺たちみたいな外国からの旅行者が最初に接するその国の民間人であることが多いだろ。最初に会話したドライバーの印象が悪ければ、その国のイメージまで悪くなってしまうもんだぜ」
「なるほど。その通りかもしれないな。でも、日本は大丈夫さ。なんてったって、この国には『お・も・て・な・し』のスピリットがあるからな」

おもてなしという言葉の意味がわからず「なんだって?」と聞き返すトムに、私は「いや、こっちの話だ。気にするな」と返し、声を出して笑った。それが滝川クリステルのプレゼンで知った、覚えたての言葉であることは言わずに。

※登場人物はすべて仮名です。
※写真はイメージです。

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