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タクシードライバーが紡ぐショートストーリー【第8回】

タクシードライバーが紡ぐショートストーリー【第8回】

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大都会・東京。様々な人間の欲望渦巻くアスファルトジャングルで、いつ何時誰にでも利用できる唯一無二の交通手段として存在するタクシー。一般人からセレブ、はたまたフリーターから芸能人まで、ありとあらゆる人たちを乗せて走るタクシードライバーたちの素顔に迫る実録ルポ――。

「やりました、バレンティン! 日本新記録! 56本目のホームランです!」

カーラジオから、ヤクルトスワローズのバレンティン選手のホームラン日本新記録達成を伝える実況が流れる中、小山宏(38歳・仮名)は、今日も羽田空港で客待ちをしていた。

羽田空港はロングの客が拾いやすいという利点もあるが、それ以前に、20代の頃、2年ほどアメリカで暮らしていたことのある小山には、日常会話程度なら英語が話せるという独自の強みもあった。それだけに「外国人客にも対応できるドライバー」として会社にも重宝がられていたし、何より小山本人も、外国人と話すのが嫌いじゃなかった。ほんのささいなことでも、外国人の何気ない一言や一挙一動に生活習慣の違いや文化の違いを発見できるのは面白いものだ。

そういえば以前、プロ野球の某在阪球団で通訳をつとめた人物が、深夜番組でこんな話をしていた。この通訳によれば、日本で活躍できる選手か、そうじゃない選手かは、その選手が空港での来日記者会見を終えて、タクシーに乗った瞬間の言葉で大体わかるのだという。

それによれば、タクシーに乗って車が左車線を走るのを見て、彼らが発するセリフは、ほぼ「Different Way(車線が違う)」「Wrong Way(車線が間違っている)」のどちらかに別れるそうで、このとき「Wrong Way」と言う選手は、あまり活躍できないそうだ。

なぜなら前者のセリフは「アメリカとは違うんだ」的な意味合いを持つのに対し、後者のセリフは、「アメリカが正しくて、日本は間違ってる」的な意味合いになるため、「Wrong Way」を使う選手は、日本に順応するのが難しいタイプということになるからだという。

プロ野球好きの小山はこの話を覚えていて、いつか自分が在京球団にやって来た新外国人選手を乗せることがあったら、絶対に聞いてみたいとずっと思っていたのだ。

そんな中、今年の2月に、チャンスは唐突に訪れた。偶然にも某在京球団の新外国人選手を乗せる機会に恵まれたのだ。

最初は当然、「体が大きい外国人だな」ぐらいにしか思わなかったが、小山が「日本へようこそ。旅行か何かですか?」と聞いたら、「いや。俺はプロの野球選手で、日本に野球をしにきたんだ」というので、野球選手ということがわかったのだ。「それは素晴らしい。応援してます、頑張ってください」と返しながら、小山は彼が左車線を走るのを見て、なんと言うかに神経を集中させた。

しかし、彼が発した言葉は小山の期待に反して、「Wrong Way」だった。

あれから7カ月ーー。

一度乗せたよしみで、彼のその後はずっと気にかけていたが、ここまでの成績は決して成功したとは言い難いものだった。小山は密かに、自分のタクシーに乗った選手は必ず活躍するというような経験を重ねて、アゲチンタクシーになれればいいなと思っていたのだが、第一号の選手で、早くもずっこけてしまった現実に苦笑した。

「あの通訳の言ってたことは本当だったな…」

ひとりごちながら頭をかくと、トントンと後部座席の窓をノックする音が聞こえた。
どうやら、お客様のお出ましのようだ。

「おつかれさまです。どちらまで?」
「新宿まで行ってくれる?」
「かしこまりました」

サラリーマンとおぼしき客を乗せて目的地へと向かう道中、カーラジオからバレンティンが57号を打ったことが告げられた。どうやら第一打席、第二打席とホームランを連発したらしい。お客を乗せていることを忘れ、小山は「はあー!」と思わず声を出してしまったが、バックミラー越しに後部座席を見ると、幸いにもお客はスヤスヤと眠っていた。

少しだけほっとしながら、小山は思った。やはりバレンティンは初来日時、左車線を走るタクシーに乗って「Different Way」と言ったクチなのだろうか?

※登場人物はすべて仮名です。
※写真はイメージです。

タクシードライバーが紡ぐショートストーリー【第8回】

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