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タクシードライバーが紡ぐショートストーリー【第9回】

タクシードライバーが紡ぐショートストーリー【第9回】

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大都会・東京。様々な人間の欲望渦巻くアスファルトジャングルで、いつ何時誰にでも利用できる唯一無二の交通手段として存在するタクシー。一般人からセレブ、はたまたフリーターから芸能人まで、ありとあらゆる人たちを乗せて走るタクシードライバーたちの素顔に迫る実録ルポ――。

阿部幸雄(仮名・44歳)は、その日、なんとも言えないソワソワした気持ちで、広島市内を走っていた。

それは今しがた拾った女性客が、昔、好きだった女性に似ていたからだ。

今年の4月に母親が倒れてしまったため、それまで勤めていた東京の中小企業を辞め、地元の広島に戻ってくることになった阿部は、帰郷後、タクシーの運転手になった。一人息子の阿部は小さい頃に父親を亡くしており、母親の面倒を見てやれるのは阿部しかいなかった。やむにやまれぬ帰郷だったが、再就職先をタクシーに決めたのは「運転が好きだから」というシンプルな理由によるものだった。あれから半年ーー。

そんな中での、冒頭の出来事である。ドキドキしながらバックミラーで女性を覗き込む。スマホをいじっているため正面からの顔が確認しずらいが、やはり高校時代に好きだった若宮奈津子(仮名)に似ている。同い年なだけあって、さすがにちょっと老けてはいたが、くりっとした瞳や、スッとした鼻筋は当時の面影を十分に残していた。

対する自分はというと、昨年まで東京にいたこともあって、地元の同僚ほどは老け込んでいないという自負があった。少しだけ腹は出たが、もともと細身の阿部はメタボというには程遠かった。

はたして、若宮は気付くだろうか? それとも、こちらから声をかけるべきだろうか? いや、だとしたら、どう声をかけるのか? 頭の中でシミュレーションしてみる。

(あのー…間違っていたら、ごめんなさい。若宮さんではいらっしゃいませんか?)

そんなふうに声をかけたとして、高校卒業と同時に東京に行っていた自分が、今、地元でタクシーの運転手をやっているという現実はどう思われるのだろうか? あれこれ考えたところで仕方がないが、答えが出せないまま、時間だけが過ぎていく。

「もしもし聞いてます?」
「え? あ、失礼しました!」
「失礼しましたじゃないよ、阿部くん」
「え?」
「すぐわかったよ。あなた、私と同じ高校じゃった阿部くんじゃろ?」

なんと若宮は気付いていたのだ。焦って、一瞬、心臓が止まりそうになった。

「いや、俺ももしかして若宮かなーと思ったんじゃけど、声かけれんかった…」
「高校時代と一緒で、相変わらずシャイじゃねー(笑)」
「こっち戻って来てタクシーやるようになってから、いつか同級生を乗せることもあるかもと思っとったけど、まさか一発目が若宮とはビックリしたで」
「私じゃ悪いんか(笑)。阿部くんって、確か東京に行っとったよね? いつ帰ってきたん?」
「去年じゃ。おふくろが倒れて看病が必要じゃけ、帰ってきてタクシーやっとるんよ。若宮は確か結婚して、子供もいたんじゃなかったんか?」
「旦那とは別れたんよ。今は私ひとりで子供を育ててる。つか阿部くん、今日、仕事何時までなん?」
「20時じゃ」
「じゃあさ、その後、飲み行かん? 帰郷祝いに奢ってあげるけぇ!」
「ホンマか? おお、行こうで」

まさかの展開になった。戻って来てタクシーの運転手になってから、母親の看病と、日々の慣れない仕事で、生きるモチベーションを失いかけていたが、生きてりゃいいこともあるもんだ。

「ところで若宮、どこまで行くんじゃったっけ?」
「もうー! 聞いてなかったんか!」
「嘘じゃ、嘘。子供の迎えで●●幼稚園じゃろ? ほら着いたで」

若宮の子供の顔をちょっとだけ見てみたい気持ちに駆られたが、阿部は「ほいじゃ、仕事終わったら連絡するけ」とだけ言い残すと、若宮にもらった連絡先のメモを片手に、弾む気持ちで幼稚園を後にした。

※登場人物はすべて仮名です。
※写真はイメージです。社員雇用は難しいご時世、何度も面接を受けたが希望する会社への就職は難しかった。しかし、いつまでもパートやアルバイトというわけにもいかず、最終的にタクシードライバーの道を選んだ。あれから半年――。

そんな中での、冒頭の出来事である。ドキドキしながらバックミラーで女性を覗き込む。スマホをいじっているため正面からの顔が確認しずらいが、やはり高校時代に好きだった若宮奈津子(仮名)に似ている。同い年なだけあって、さすがにちょっと老けてはいたが、くりっとした瞳や、スッとした鼻筋は当時の面影を十分に残していた。

対する自分はというと、昨年まで東京にいたこともあって、地元の同僚ほどは老け込んでいないという自負があった。少しだけ腹は出たが、もともと細身の阿部はメタボというには程遠かった。

はたして、若宮は気付くだろうか? それとも、こちらから声をかけるべきだろうか? いや、だとしたら、どう声をかけるのか? 頭の中でシミュレーションしてみる。

(あのー…間違っていたら、ごめんなさい。若宮さんではいらっしゃいませんか?)

そんなふうに声をかけたとして、高校卒業と同時に東京に行っていた自分が、今、地元でタクシーの運転手をやっているという現実はどう思われるのだろうか? あれこれ考えたところで仕方がないが、答えが出せないまま、時間だけが過ぎていく。

「もしもし聞いてます?」
「え? あ、失礼しました!」
「失礼しましたじゃないよ、阿部くん」
「え?」
「すぐわかったよ。あなた、私と同じ高校じゃった阿部くんじゃろ?」

なんと若宮は気付いていたのだ。焦って、一瞬、心臓が止まりそうになった。

「いや、俺ももしかして若宮かなーと思ったんじゃけど、声かけれんかった…」
「高校時代と一緒で、相変わらずシャイじゃねー(笑)」
「こっち戻って来てタクシーやるようになってから、いつか同級生を乗せることもあるかもと思っとったけど、まさか一発目が若宮とはビックリしたで」
「私じゃ悪いんか(笑)。阿部くんって、確か東京に行っとったよね? いつ帰ってきたん?」
「去年じゃ。おふくろが倒れて看病が必要じゃけ、帰ってきてタクシーやっとるんよ。若宮は確か結婚して、子供もいたんじゃなかったんか?」
「旦那とは別れたんよ。今は私ひとりで子供を育ててる。つか阿部くん、今日、仕事何時までなん?」
「20時じゃ」
「じゃあさ、その後、飲み行かん? 帰郷祝いに奢ってあげるけぇ!」
「ホンマか? おお、行こうで」

まさかの展開になった。戻って来てタクシーの運転手になってから、母親の看病と、日々の慣れない仕事で、生きるモチベーションを失いかけていたが、生きてりゃいいこともあるもんだ。

「ところで若宮、どこまで行くんじゃったっけ?」
「もうー! 聞いてなかったんか!」
「嘘じゃ、嘘。子供の迎えで●●幼稚園じゃろ? ほら着いたで」

若宮の子供の顔をちょっとだけ見てみたい気持ちに駆られたが、阿部は「ほいじゃ、仕事終わったら連絡するけ」とだけ言い残すと、若宮にもらった連絡先のメモを片手に、弾む気持ちで幼稚園を後にした。

※登場人物はすべて仮名です。
※写真はイメージです。

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