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タクシードライバーが紡ぐショートストーリー【第10回】

タクシードライバーが紡ぐショートストーリー【第10回】

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大都会・東京。様々な人間の欲望渦巻くアスファルトジャングルで、いつ何時誰にでも利用できる唯一無二の交通手段として存在するタクシー。一般人からセレブ、はたまたフリーターから芸能人まで、ありとあらゆる人たちを乗せて走るタクシードライバーたちの素顔に迫る実録ルポ――。

タクシードライバーをしていると、忘れられない客がいるものだ。澤山巧二(51歳・仮名)にとっては、2年前の夏に、渋谷で拾ったプチ家出少女がそれだった。

あの日、渋谷駅の近くで澤山のタクシーに乗った中学生くらいの少女は、「世田谷○○町○丁目○番地までお願いします」と言ったきり、ずっとうつむいたまま黙り込んでいた。彼女が告げた住所は、都内でも有数の高級住宅地だったが、指定した住所に着いても、なかなか降りようとしなかった。

「お客さん、つきましたよ」

声をかけても押し黙ったままだ。

(もしかして、お金がないのだろうか?)

「あの~、もし、お金が足りないのなら…」

こちらの言葉に被せるように、彼女は強い口調で「お金なら持っています」とキッパリ返してきた。しばらく気まずい沈黙が続いた後、彼女が「あの…すみませんが、やっぱり渋谷駅まで戻ってください」と言う。

(これは訳ありの客だな…)

そう思った澤山が「お嬢さん、ここはお嬢さんの家なのでしょ?」と言うと、彼女はまた黙り込んでしまった。できるだけ彼女を怖がらせまいと、つとめて明るい調子で「どうしたんです? 家出でもしたんですかね?」と声をかけてみた。少女の様子から察するに、図星のようだった。

さて、ここからが困ったところだ。何とか説得して彼女を穏便に家に帰したいところだが、どう説得すればいいのかを必死で考えた。

既に彼女の自宅のすぐそばまで来ているのに警察に引き渡すわけにもいかないだろう。かといって無理矢理車から引きずり出したりして、彼女が抵抗すれば、こっちが警察に通報されるかも知れない。もちろん、渋谷駅まで戻るのは論外だ。それでは彼女の家出を"わかっていて"手助けしたことになってしまう。

ふたりの間に、重苦しい沈黙の時間が流れる車内で「さて、どうしたものか」と考え抜いた挙げ句、口をついて出た言葉は、「実は私も家出しているんです」だった。

それから澤山は、共同事業をしていた無二の親友と思っていた男に会社の金を持ち逃げされて破産したこと、故郷を捨てて東京に出てタクシードライバーになったこと、実家の両親とは十年近く連絡も取っていないことなど、これまで誰にも話したことのない自分自身の身の上話を家出少女に話したのだった。

「そう、運転手さんも家出していたの…」
「でもね、帰ろうと思えば、いつでも帰れる家があるっていうのは、嬉しいことですよ。私も実家に連絡しようと思えばできたのに、何となく恥ずかしくてできなかった。親父やお袋も生きていれば、私のことを心配しているのにね。私も一度実家に連絡してみますから、お嬢さんも家に帰ったほうがいいですよ。何があったかは知らないけど、家族はお嬢さんのことを心配していると思いますから」

そんな澤山の言葉に、彼女はコックリと頷いた。

自分のことを棚に上げて、ちょっとかっこつけすぎたかな…とバツが悪くなり、「ああ、お代は結構ですから」と告げると、彼女は「いえ。それじゃ運転手さんに悪いですから」と代金を支払い、「今日は、ありがとうございました」とお礼を言って車を降りた。しばらく車内から彼女の様子を見ていると、近くの白い大きな家に入っていった。どうやら、そこが自宅のようだった。

その日の夜――。澤山は実家に実に十年ぶりに電話をした。彼女にああ言った手前、実家に連絡しないわけにはいかないと思ったからだ。だいぶ小言を言われたが、幸い両親とも元気で、澤山が無事にやっていることをたいそう喜んでくれた両親に、澤山は思わず涙を流したものだ。

もしかしたら、救われたのはあの少女じゃなくって、俺のほうかもしれないな…。彼女のことを思い出すたび、澤山はそんな思いに駆られて、今も恥ずかしくなるのだった。

※登場人物はすべて仮名です。
※写真はイメージです。

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