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元空将が明かした驚愕の真実 自衛隊VS未確認飛行物体UFO戦慄事件簿 vol.02

[週刊大衆03月31日号]

〈その1松島事件〉

1983年、航空自衛隊松島基地(宮城県)での出来事。目撃したのは、パイロット訓練生の指導に当たるG教官(一等空尉=階級はすべて当時=以下同)だ。

彼はその日の午前、別のM 教官(一等空尉)と松島基地(宮城県)で練習機に乗り込み、訓練生の要撃訓練の目標機のミッションをこなし、基地に帰投しようとしていた。

G教官は、高度1万5000フィート(約4570メートル)の上空をT-2練習機で飛行中、右斜め上方に葉巻型をした飛行物体を発見した。

まず初めに民間航空機でないかと疑ったが、その飛行物体には翼がなく、これまで見たこともない変則的な飛び方をしていたという。

すると次の瞬間、T-2練習機のスポイラー(エアブレーキ)が突如、作動不可能となり、機体の電気系統にも異常が発生。ところが、謎の飛行物体を見失うと同時に、機体は正常に戻ったというのだ。

「さらに、その日の午後の訓練で、今度はM教官(前述)が別のパイロットと飛び立ち、松島基地に戻ろうとした際、午前中にG教官が目撃したものと同じ葉巻型の飛行物体を発見したんです。しかも、機体は午前中と同じトラブルに見舞われました。G教官とM教官は着陸後、整備記録にその不具合を記入し、整備員たちは2回にわたって、機体の点検を行いましたが、いずれも"異常なし"。結局、航空自衛隊では、2人のパイロットの証言に疑問があるという方向で決着をつけました。ところがです。この翌日の新聞に、南仏リヨン上空に葉巻型のUFOが出現。20名以上の人に目撃されたという記事が掲載されたといいます。Mは私の昔の教え子で、真面目でパイロットとしての技量もよく、嘘などつくような人物ではありません」(佐藤元空将)

2つ目のエピソードは、さらに驚きだ。

〈その2新田原事件〉

1975年10月のこと。
新田原基地(宮崎県)で飛行隊長を務めたS三等空佐の体験だ。佐藤氏が前掲書を執筆後、仲間に紹介されて取材したという。

その日、領空侵犯対処のため、F-104戦闘機でホット・スクランブル(緊急発進)発進したS三佐は、任務を終え、僚機である2番機とともに2万フィート(約6100メートル)の上空を飛行中だった。

時間は午後7時半頃。
雲の絨毯が敷きつめられた気象条件のなか、別府湾上空に達したとき、鹿児島方面から四国方面へ飛行する閃光を目撃する。

なにしろ、雲が立ちこめる夜間のことだ。

S三佐もやはり、初めは民間機の航法灯だと思ったという。
しかし、着陸のための待機旋回状態に移っても、その発光物体はまだ自衛隊機についてくる。

さすがにS三佐は「おかしい」と思い、地上のレーダーサイトに「ストレンジャー(正体不明機)が近くにいる」と伝えた。

レーダーサイトからの返信を受けて、S三佐は戦慄することになる。
その発光体は「レーダーに映っていない!」と応答してきたからだ。

不安に襲われた彼は、アフターバーナーを使って急上昇し、飛行物体を振り切ろうとした。

しかし、高度3万フィート(約9140メートル)で周囲を見渡してみると、その怪光体は、ピタリ自機についてきていたというのだ。

恐慌をきたしたS三佐はUFOを視界に入れないようにすることで平常心を保ち、無事、地上へ帰還することができたという。

だが、ステルス機など存在しない当時、レーダーに映らない謎の飛行物体に、自衛隊機が追いかけられたという事実は衝撃的である。

「この話にはまだ続きがあります。その数日後、海上保安庁に、S三佐が未確認飛行物体と遭遇した付近の海域(日向灘)に、非常に浅い部分があるという連絡が入るんですね。連絡してきたのは同海域を航行中の漁船。ソナーが浅瀬で何かを探知したと。そこで、まず考えられるのは潜水艦。ところが、海上保安庁から航空自衛隊に捜索依頼が出され、飛行隊が同海域を低高度で飛行したものの、異常は発見されなかったんです。潜水艦でなければ、その正体は……」(佐藤元空将)

03月26日公開のvol.03に続く・・・。

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