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愛妻と銀座と生放送 みのもんた不死鳥伝説vol.1

[週刊大衆06月18日号]

みのもんた(67)の妻・靖子さんが国立がん研究センター(東京・中央区)で亡くなったのは、東京がスカイツリー開業に沸いた5月22日、午後5時48分のことだった。
それでも、みのは翌朝の自分の番組に代役を立てることはしなかった。
「奥さんが亡くなった日の翌朝のことです。朝の5時半から始まる『みのもんたの朝ズバッ!』(TBS系) の収録に向かう彼が自宅の衣装部屋に入ると、スタイリストを兼ねていた靖子さんが、6月分まできれいに揃えてくれていた衣装が目に入ったといいます」(TBS関係者)

みのは当日、番組では一切、妻の死には触れなかった。
しかし、スカイツリーを訪れる家族の絆を伝えるVTRが流れ始めると、亡き妻を思い出したのか、さすがに涙をこらえきれなくなり、嗚咽し始めた。

27日、鎌倉の自宅で営まれた告別式では
「お別れしたくありません。ずっと一緒にいたいです」
と、声を絞り出した。

「その言葉にジーンとこない主婦はいなかったと思います。これまで、みのさんというと、“ちょっとウザイ”という印象だった視聴者もいたと思うんです。しかし今回、みのさんが奥さんへの感謝の気持ちをあれだけ素直に伝えたことで、完全に女性視聴者のハートを摑みましたね」(芸能評論家・川内天子氏)

それは視聴率にも現われている。
それまで7%台の日もあった視聴率が、23日には8・6%。翌24日には、ライバルの『めざましテレビ』(フジテレビ系)を抑え、9・6%を叩き出したのだ。
しかし、今回の高視聴率の原因は、決して妻の死だけが原因ではないだろう。

「みのは“1週間で最も多く生番組に出演する司会者”として、ギネスブックに認定されたこともあるだけに、非常に生放送にこだわっています」(前出・TBS関係者)

さすがに、通夜が営まれた26日の午後のラジオ『みのもんたのウイークエンドをつかまえろ』(文化放送)だけは代役を立てざるを得なかったが、それ以外の番組には、悲しみをこらえながら出演した。
「奥さんが6月分まで衣装を用意していたのは、自分が亡くなっても、そのために仕事を休まないで……というメッセージだったんだと思います。むしろ、仕事を休んだら奥さんを裏切り、男を下げることになったでしょう」(前出・川内氏)

愛妻家でありながら、妻の死に直面しても生放送にこだわる。
すっかり男を上げた感のあるみのだが、実は昨年の秋には“限界説”が流れ、引退騒動が持ち上がっていたのだ。
「秋の改編期に放送された特番の終了間際、騒動を受けて、羽鳥慎一キャスターに“引退するんですか?”と突っ込まれたみのは“もちろん、そうですよ”と答えたんです」(夕刊紙記者)

その後、みのは自身のラジオ番組(『ウイークエンドをつかまえろ』)で
「あれは編集がよくない。番組では爆笑だったんだよ」と、引退コメントが誤解だったことを明かした。

しかし、話はそう単純ではなかったようだ。
「みのの引退騒動が勃発したのは、4月以降の契約更新とギャラについてテレビ局とタレントの間で話し合いが持たれる時期。TBSとしても、視聴率で『めざましテレビ』の後塵を拝する『朝ズバッ』のキャスターに、年間で推定7億5000万円のギャラを支払うというのでは、株主に対して説明がつきませんからね」(TBS関係者)

例の引退コメントは、みのサイドがテレビ局側を牽制するために意図的に流したという噂も流れた。
「その頃、みの主催の“朝ズバッ!高視聴率パーティー”という名の打ち上げが、急遽開かれているんです。低迷していた番組視聴率が持ち直したことを記念してのものですが、なんとか9%台を稼げるようになったに過ぎません。この打ち上げも、危機感を抱いた彼の“仕掛け説”だともいわれています」(前同)

そもそも、みのには、そう簡単に引退できない事情があるという。
「みのには、父親(故人) が創業した水道メーター製造販売会社(ニッコク)の社長という顔もあります。10年ほど前に、みのの個人事務所が同社と合併していますが、ニッコクの本業は振るわず、いまでは経営をみののギャラに頼らざるを得ない状況です」(同)

06月12日公開のvol.2に続く・・・。

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