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【武豊】勝ちたかったオグリの有馬記念

 出るレースは、すべて勝ちたい。これまでに数えきれないほど多くのチャンスをいただき、棚に並べきれないほど多くの勲章を手にしてきたいまでも、この気持ちは変わりません。
 でも、作戦もなく、どうやって乗ったら勝機を見い出せるのか皆目?めないまま、それでもなお、心の底から勝たせてあげたいと思った馬は、そんなに多くはありません。
 90年12月23日、第35回「有馬記念」。“芦毛の怪物”オグリキャップの走りを思い返すと、いまも心が震えます。
 初めて彼とコンビを組んだのは、
 

 同じ年の5月……「安田記念」でした。
 まるで遠足前日の小学生のようにソワソワしていたのを覚えています。栗東トレセンの前には、それまで見たことがないほど、たくさんのテレビカメラが鈴なりになっていました。
「誰か、大物の芸能人でも来ているのかな?」
 つい、そう思ってしまうほどの狂騒。間違いなく彼は、競馬の枠組みを越えた不世出の大スターでした。
 そのラストランとなった「有馬記念」の当日。あの日の中山競馬場は、パドックもスタンドも朝から異様な空気に包まれていました。本馬場からスタンドを見上げると、柱の陰や、ゴールから離れた、いつもは人の姿がないところも人で埋まっていました。
 見たいのはオグリが勝つ姿。痛いほど、それが伝わってきます。しかし、パドックで跨がった感じは正直、頭の中で「ん?」という疑問符が躍っていました。「勝たせてあげたい」という気持ちはあるけど、「勝てる」とまでは思えない出来だったのです。


【レース後の光景は圧巻の一言でした】


 ところが  いざ走り出すと、意外といっては失礼ですが、思いのほかスムーズ。普段なら受けるだろう不利も道中ひとつもなく、スローペースの影響でライバルたちが折り合いを欠くなか、オグリだけがリラックスしていました。
 なぜ、オグリは勝てたのか。レース後、いろんな人が様々な角度から分析をされていましたが、おそらく、“オグリキャップだったから”というのが正解のような気がしています。
 シャワーのように降り注ぐ“オグリコール”と“豊コール”。スタンドでは、ファンが目を真っ赤にして涙を流していました。
 あんな光景を見たのは、あとにも先にも、このときだけです。
 あの感動をもう一度。今年の掉尾を飾る「有馬記念」で僕のパートナーを務めてくれるのは、下半期の僕を支えてくれた心の友、トレイルブレイザーです。
 前走、11月13日の米GⅠ「BCターフ」は、惜しくも4着に終わりましたが、帰国後も体調を崩すことなく、今年最後のレースに向けて、ハードな調教をこなしています。
 最高のレースで、週刊大衆読者のみなさんに、ひと足早いクリスマスプレゼントをお届けできるようにベストを尽くしますから、競馬場で、テレビの前で声を張り上げてください。想いはきっと……届きます。

※次回のコラム更新は2013年1月9日より掲載を予定しております。

【武豊】勝ちたかったオグリの有馬記念

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