日刊大衆TOP 芸能

50歳アイドル松田聖子「魔性の30年史」 vol.2

[週刊大衆07月09日号]

独立後、聖子は本格的に米国進出を始める。マイナーなミュージカルに出演し、インタビューでは流暢な英語で応え、英語の歌も上手に歌うようになった。
ところが、その理由が間もなく判明する。
「ジェフ・ニコルスという当時20歳の白人青年が、暴露本を出版したんです。『真実の愛』(94年)と『壊れた愛』(95年)の2冊です。彼女にとってジェフは、語学の教師であり、夜のパートナーだったのです。本には数々のツーショット写真が掲載され、聖子からのラブレターも公開されていました」(女性誌記者)
ラブレターには、〈あなたに会いたい。会えなくて寂しい。本当に愛している。あなたに狂っているの。きっとあなたシャワーを浴びているんでしょう。私、我慢できないわ……〉と、ブッ飛びの内容が書かれていたのだ。

しかも、この暴露本が出た頃、聖子はジェフと別れており、アラン・リードという別の白人男性を自宅周辺に囲っていたのだ。
芸能評論家の川内天子さんは、当時の様子を次のように語る。
「当時の聖子さんは、成城の自宅の隣りに一戸建てを借りて、大胆にもそこにアラン君を住まわせていました。理由は、彼のバックダンサーという仕事のバックアップが名目でしたが。沙也加ちゃんはまだ子供でしたが、面倒は実母に任せっきりで、母乳は冷凍保存して聖子さんの実母が与えていたとか。まあ分刻みの大スターですからね。でも、その裏で堂々の浮気。神田さんは家でポツンと一人、寂しそうでしたよ」

ちなみに羽賀研二との浮気疑惑が囁かれたのも、この頃である。
「羽賀は近い関係者に"彼女は誘うと、泊まりでつき合ってくれるんだ"と話していたといいます。2人が知り合ったのは、神田との結婚前の映画『夏服のイヴ』(84年)での共演。"彼は10年来の聖子のキープ男"という噂もあったほどです」(芸能記者)

とっくに破綻していた神田との結婚生活は、97年に正式にピリオドを打つ。
ところがその翌年、聖子は"ビビビッ"と直感に反応して、6歳年下の歯科医と再婚を決断する。
「でも、その再婚もわずか2年で破綻しました。その後すぐ、娘はSAYAKAという芸名でデビューしますが、聖子は親子共演を始めます。すると、今度は当時、楽曲提供を受けたミュージシャンの原田真二と熱愛話が出ます」(前同)

さらに、その後、頸椎捻挫の治療中に知り合った、格闘家のマネジャーとも噂になった。
芸能評論家の小松克彦氏がいう。
「"松田聖子的生き方"というけど、それは同年代のオバチャンたちに夢を与えてくれるんです。夫がいなくても娘と仲よしだとか、イケメンと浮気したとか。彼女は世の女性の妄想を、代わりに実践してくれる数少ないタレントですよ」

いくつになっても、仕事で恋愛で、話題を振りまき続ける彼女こそ、真のアイドルといえるだろう。

この記事が気に入ったら
をしよう

いいね!

@taishujpさんをフォロー

大衆のオススメ


オススメタグ


人気記事ベスト10


日刊大衆公式チャンネル


Copyright(C) 日刊大衆 Futabasha Publishers Ltd. All rights Reserved.