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第3回 東京の”100年の森”を語り継ぐ心の伝道師! 禰宜 高畠信一郎氏

2014-05-02

100年先まで残したい「超・人間カタログ」東京レジェンドNAVI


私は神社仏閣が好きで、よく時間が出来ると参拝に行きます。参拝すると何故か清んだ気持ちになるのです。やはり神社はパワースポットなのでしょうか。勝手に運気が上がったような気もします(笑)
皆さんはどうですか?
東京には実にたくさんの神社がありますが、なかでも「明治神宮」は有名で、日本人をはじめ、海外の要人たちも東京を訪れる度に参拝しています。 先日も日本を訪問したアメリカのオバマ大統領が明治神宮を参拝しました。絵馬に願いを書き、神宮内で流鏑馬を見学する様子がメディアを通じて報道されました。海外の方々も、こうした日本の伝統や文化に興味を持って下さると言うことは、本当に嬉しく思います。
ただ、神社の名前は有名でも、その由来やそこにまつわる歴史等は案外知られていないものです。
今回は、そんな明治神宮に縁のある方にお話を聞きに行きました。

開口一番、「寺西監督、今日は私の個人的な話よりも、”94年前の青年たち”の話をしようと思いまして」
取材をはじめようとすると、高畠信一郎さんはこう切り出した。
「94年前の青年たちの話ですか?何故、”94年”なんでしょう?どういう内容なんでしょうか?明治神宮に関係あるんですか?」
矢継ぎ早にたくさんの質問を高畠さんに返す私。
「東京には”100年の森”があることをご存知ですか?」
高畠さんは逆に私に質問されました。
現在、乗越神社や香取神社の禰宜(ねぎ)も務められている高畠さん。18歳より明治神宮に実習生として奉職し、大学卒業後に明治神宮出仕・権禰宜を拝命、それから祭儀部、崇敬会、文化奉賛部を経て、平成17年には総務課長に就任しました。
明治記念館総務部長を歴任し、明治神宮企画調整委員や神社界初の青年NPOの設立、海外ボランティア活動に積極的に参画し取り組んだ高畠さん。
皇室・在日各国大使館・政界財界文化人などの神宮側渉外責任者を永年担当もしたそうです。
「94年前と言うことは、ざっと計算して現在94歳以上の方々のお話ですよね?」
「そうです。今から94年前と言うと1920年ですね。当時、明治神宮内に森を作ると言う計画がありました。全国の青年団員がその使命を果たす為に木を植えにやって来たんですよ。専門家の指導の元で、境内の前にバランスよく木の苗が植えられていきました。でも、苗を植えても当然すぐに木は育たない。すぐには森にならないので、100年がかりの構想だったんですよ」
「森が完成するのに100年かかるんですね?」
「その森はあと6年後に完成するんです。あの当時の青年たちの願いや思いが現在、そして100年後、またそれ以後、ずっと将来にまで息づいているんです。」
スケールの大きな話に、私は、思わず胸が熱くなりました。


「当時の青年たちが植えた苗が、今も立派に明治神宮中で息づいているんです。これを私は後世に語り継いでいきたいと思ったんですよ」
高畠さんは続けた。
「当時の青年たちの行動はこれだけでは終わりません。」
「まだ、何かあるんですか?」
「はい。当時の青年たちは、苗を植えたお礼に心ばかりの謝礼を受けとります。青年たちは、その謝礼の中から”1人1円”を合い言葉に全国の青年団員による募金活動が展開されたんですね」
「すごいですね」
「そうでしょ? その集まった募金によって、今の『日本青年館』が建てられたんですよ
「そうだったんですね?」
私は思わず驚きの余り声が出てしまいました。
明治神宮の造営に勤労奉仕をした青年団の思いが、初代の日本青年館に繋がり、それを現代の人々が使用していると言う巡り合わせ。
「私も色々な経験をしましたが、これからは、私が後世に語り継ぐことが出来る話を若い人たちにどんどんしていきたいと思ってます。年々、こうした事を知る人たちも東京で減ってきちゃってますからね」
”100年先まで残したい”私のこの連載に相応しいお話を高畠さんに聞いた気がして嬉しくなりました。
「じゃあ、あと6年でその森は完成ですね。とても楽しみです」
「そうですね。ただ、森は100年を目標に植樹されたわけで、100年で完成は間違いありませんが、ポイントは100年で森としてスタートラインに立つと言うことですね。それ以降は、天然更新しながら1000年、そして永遠の森となる計画なんですよ」
森としてスタートラインに立つ6年後-。
当時の青年たちの情熱が、明治神宮の”100年の森”でよみがえる!




※禰宜(ねぎ)とは、神職の職称(職名)の一つである。「祢宜」とも書く。宮司を補佐する者の職称となっている。

寺西一浩(てらにし かずひろ) プロフィール
1979年10月2日生まれ
3歳で、女優・山岡久乃に見初められ子役として活動。慶應義塾大学法学部卒業。慶應大学在学中に出版したエッセイ『ありがとう眞紀子さん』が話題となり文壇デビュー。
その後、24歳の時、業界最年少で芸能プロダクション、株式会社トラストミュージックエンタテインメント代表取締役に就任し島倉千代子歌手生活50周年事業を成功させる。
その後は、小説家、プロデューサーとして活躍。著書に、「クロスセンス」「新宿ミッドナイトベイビー」「女優」、世界初電子書籍連載小説「Mariko」を配信。
2011年、「女優」が映画化されるにあたり、自身が監督デビュー。
「女優」は、第15回上海国際映画祭正式招待作品に選ばれ主演・岩佐真悠子とレッドカーペットを歩く。また、第25回東京国際映画祭、東京中国映画週間特別上映作品に選ばれ開幕式でグリーンカーペットを歩き話題となる。2013年、映画「東京~ここは、硝子の街~」を監督・脚本・プロデュース(出演:中島知子、田島令子他)。日本最大級の男性ファッション&音楽イベント「東京ボーイズコレクション」を大原英嗣氏と共に主催。ゴールデンバード賞主催。2014年、「新宿ミッドナイトベイビー」が映画化決定。


【関連書籍】
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