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これが大人の武闘作法だ! ビートたけし「最強ケンカ伝説」 vol.2

[週刊大衆08月20・27日合併号]

このときのたけしと軍団の結束を物語るエピソードを、前述の本でガダルカナル・タカが明かしている。

取調べに行く途中、軍団のほうを振り返り、たけしはボソッと、こういったのだという。「悪かったな。お前らには感謝してるぜ…」「お前らのことは一生、面倒みるからよ」

たけしのこの言葉に、軍団一同は感動。
「もう、どうなってもいい」と一生、たけしのために生きる覚悟を固めたという。

しかし、この事件によって、たけしは約8カ月の謹慎生活を送ることとなる。
「ただ、この事件は当時、過熱を極めていた写真週刊誌の取材姿勢に一石を投じることとなり、国会でも取り上げられるほどの社会問題になりました」(写真誌編集者)

その影響もあってか、その後、写真週刊誌は次々に廃刊に追い込まれることとなったわけだから、ここでも、たけしは"ケンカに勝った"といえるのではないだろうか。

しかし、たけしの人生で最大の"勝負どころ"といえば、94年の「バイク事故」からの復活劇だろう。

同年8月2日の深夜1時37分、ホロ酔いのたけしは、新宿区南元町の都道を原付バイクで運転中、右カーブを曲がり切れずにガードレールに激突した。

「右側頭部頭蓋骨陥没骨折、脳挫傷、右頰骨複雑骨折という重傷を負いながら、命に別状なく、脳にも損傷がなかったのは、本当に奇跡的なことでした」(スポーツ紙記者)

なにより世間を騒然とさせたのは、顔の半分が麻痺状態となり、それが癒えぬまま開いた記者会見だった。

「のちに『週刊文春』で、"ひどいときには、台所で包丁持って、じいっと考えていたときもあったね"と語ったように、さすがに本人も"もうダメだ"と思っていたようです。ですが、会見では"顔面麻痺が治んなかったら、顔面マヒナスターズというのをやろうかと"と一世一代のギャグを飛ばし、芸人魂を見せつけた」(構成作家)

タカは同書で、このときのことをこう綴っている。
〈たけしさんの中で、芸人というか勝負師としての見極め。それが、あのタイミングで、しかも、あの顔で記者会見をやることだったんだろう。そして結果はもちろんたけしさんが勝った〉

「彼は事故から目をそらすことなく、むしろ自身のアイデンティティーとして生きることを選択したわけです。その結果、現在、80年代よりも忙しい日々を送っているのですから、その生き様には脱帽せざるを得ません」(前出・金沢氏)

たけしの次のケンカ相手は、なんなのか。そして、どんな痛快な勝ち方を見せてくれるのだろうか。

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