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中国マフィア抗争「青龍刀事件」

[激撮! 歌舞伎町24時]

94年8月10日午後8時頃、歌舞伎町のビル「風林会館」のすぐ南側路地にある北京料理店「快活林」を、上海マフィアの5人が襲撃。店長、従業員、客の3人を刺身包丁やサバイバルナイフで切り裂き、店長を除いた2人が死亡した。

この通称「青龍刀事件」の背後にあったのは、歌舞伎町を根城に暗躍する上海マフィアと北京マフィアの抗争だった。

麻雀賭博のいさかい、弁当店の宅配利権を巡る争いなど諸説あるが、いずれにしろ、"裏利権"の争いと見られていた。

当時は、中国人マフィアの全盛期。72年の日中国交正常化を受け、日本政府は83年、中国人留学生10万人の受け入れ計画を発表。結果、留学生という名の出稼ぎ中国人女性が歌舞伎町の中国人クラブに集まり、それについてくる形で中国人マフィアも結集。

出身地ごとに分かれた犯罪組織が結成され、なかでも当時、来日人数が多かったのが上海女性で、それに比例して最大勢力を誇ったのが上海マフィアだった。

90年代に入ると、上海、北京、広東、福建のグループ間で対立が激化し、日に日に緊張が高まっていた。

その対立が表面化したのが、青龍刀事件の数カ月前だった。上海人が経営するクラブを福建人が襲撃し、店長と従業員の2人を刺殺すると、その後も、上海人、広東人を狙った事件が続発。中国人が経営するカラオケスナックに、青龍刀を持った福建マフィアが乱入したこともあった。

上海マフィアに及ばない規模だった北京マフィアが、福建マフィアを雇ったという構図だった。

青龍刀事件は、その一連の襲撃に対する報復と見られている。実際は使用されていないのに「青龍刀事件」と呼ばれているのは、この事件が中国マフィア間の対立抗争の象徴的な出来事で、実際、別の事件では青龍刀が使用されており、中国マフィア抗争の象徴的な武器と見られることからだ。

ちなみに彼らは、一方で窃盗団を組織し、全国を泥棒行脚。特殊な機械で部屋の開錠をする「ピッキング」も、この頃だ。

歌舞伎町のビルの一室では、盗んできたものの中で、中国人女性が好きなブランド物のバッグや貴金属などを販売する「泥棒市」が、定期的に開催されていたともいう。

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