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1985年。プロレス少年の「個人情報」の意味は、今と違っていた

2014-07-22

プチ鹿島の連載コラム 「すべてのニュースはプロレスである」

ベネッセから、進研ゼミ・夏季講座「個人情報の大切さ」というダイレクトメールが来ました。受講するか迷っています。

今回のベネッセの顧客情報流出事件。原田泳幸社長が会見で「クレジットカードの番号などセンシティブな情報は流出していない」と発言した。子どもの情報は"センシティブ"ではないのか?誰もが思う疑問である。

「プロ経営者」として知られ日本マクドナルド会長も兼務している原田泳幸氏だが、「子どもはハンバーガーとは違うんですっ!」と金八先生に怒られてほしい。生徒をミカン扱いした先生と同じくらいに。

さて、私に来たダイレクトメールのことを思い出すと、とたんに牧歌的になる。

あれは1985年(昭和60年)のことだった。中学生だった私は人生で唯一雑誌にネタを投稿したのだ。「月刊ゴング」というプロレス誌に。

その年の春にブルーザー・ブロディという超大物ガイジン選手が新日本プロレスに移籍してアントニオ猪木と新装・両国国技館で対戦したのだが、じつは当日の裏舞台ではトラブルがたくさんあったと報道されていた。そのひとつが「問題児ブロディが控室に籠ってなかなか出てこなかった」という話だ。

私はこのエピソードをパロデイにして四コマ漫画で読者コーナーに送ったのだ。ドア越しにブロディを必死に説得する山本小鉄。しかし何の反応もない。次の瞬間ブロディが部屋の隣のトイレから出てきて「ああ、しんど」とつぶやく。コケる小鉄。嬉しいことにこれが採用された。記念品ももらった。

大人になって、ふとこのときの掲載紙を読み返したら時の流れをまざまざと感じたのだ。というのは、ネタが採用された作品の横には「私のフルネーム、年齢、番地までの細かい住所」がすべて載っていたのである。センシティブな情報すぎる。

もちろん当時は「個人情報」に関しては送り手も受け手もまったく気にしなかった時代。今から考えるとのんびり。

では雑誌に個人情報が載った結果、中学生の私に何が起きたのか?

そのあと勃発した「前田対アンドレ」「前田、長州顔面蹴撃事件」らの「プロレス裏ビデオ」のダイレクトメールが届いたのである。ぶ厚い封書で数件届いた。DMの送り主は業者ではなく個人! せっせと自分でダビングし、過去に雑誌に載った人に送っているようだった。

あのプロレス裏ビデオの手作りの「ご紹介ラインナップ」を眺めてるだけで楽しかったなぁ。

以上、牧歌的な時代の「個人情報」のお話でした。

プチ鹿島
PROFILE
1970年5月23日生まれ。お笑い芸人。オフィス北野所属。時事ネタを得意とする芸風で、新聞、雑誌などにコラムを多数寄稿。ラジオ番組「東京ポッド許可局」(TBSラジオ)、「荒川強啓のデイキャッチ」(TBSラジオ)、「キックス」(YBS山梨放送)ほか、TVや映画など多方面で活躍中。
ブログ:http://orenobaka.com/
ツイッター:@pkashima

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