関西に生息するアヤシくてオモロい人たちに、大阪出身・京都在住の人気ライター・吉村智樹が直撃インタビュー!
■野心作を発表し続ける作家が創作の秘密に迫る書籍を上梓!
関西の「どエライ」人々にスポットライトを当てるこの連載が、ついに150回を数えた。
記念すべき節目に登場を願ったのが、デビュー20周年を迎えた大阪在住の芥川賞作家、吉村萬壱さん(60)。このたび、初の自叙伝と言える『哲学の蠅』(創元社)を上梓した。
幼少期から現在までを省みたこの新刊は、たじろぐほど赤裸々。母親から受けた暴力、同級生をいじめた学生時代、売れっ子同期作家への嫉妬、スランプに陥って、かかった円形脱毛症などなど、はらわたまでさらけ出す内容なのだ。
「もともとは、哲学との関わりについて書くはずの本でした。しかし、過去をさかのぼるうちに、自分の変態的な部分に触れざるをえなくなった。だったら、自伝的なエッセイ集にしようと。せっかくの20周年ですしね」
本を書いているうちに方向転換し、奇しくも20周年記念作品が誕生したとは意外だ。
意外といえば、吉村さんは2001年に『クチュクチュバーン』で第92回「文學界新人賞」を受賞し、デビューを果たした。しかし、実は「プロの小説家になるつもりはなかった」と言う。
「支援学校の教諭をしながら、小説を書いていました。なので、小説に関しては素人という意識だったんです。すると、選考委員の山田詠美さんが私の態度を見て“甘えんな!”と激怒しまして。その様子に驚いて、“これは、ただごとではない。プロの自覚を持たなければ”と目が覚めました」
●小説取材のためにハッテン場へ潜入!
2003年、『ハリガネムシ』で第129回「芥川賞」を受賞。以来、たびたび「異端」と呼ばれながら、人間の根源に迫る問題作を発表し続けている。ときには、取材のために未知の扉を開く場合も。
「ハッテン場(男性同性愛者たちの出会いの場所)へ行って、交ぜてもらった日もありました。けれども、どんな現場へ飛び込んでも没入せず、必ず“書く”という場所へ戻ってくる。小説家とは、常にバンジージャンプに挑戦しているような仕事だと思いますね」
リアルに触れ、それが「書く」行為へ。特に、その傾向が顕著なのは、東日本大震災の被災地を実際に訪れて生みだしたヒット作『ボラード病』。
復興の背景にある「絆」という名の同調圧力の恐ろしさを描いたこの作品は、「タブーに踏み込みながらも、被災者の本音が綴られている」と支持を得た。
「お亡くなりになった人々の魂が、自分の体を通じて訴えている。そんな感覚を覚えながら書きました。書いている途中で涙が出た初めての作品です」
野心作を発表し続けて20年。今年は「構想15 年」の長編SFに挑むという。またまた吉村さんの「どエライ」新作に出合えそうだ。