僕がデビューした当時、牡馬クラシックの三冠レースについて、こんな言葉がまことしやかに語り継がれていました。

 皐月賞は最も速い馬が勝ち、日本ダービーは最も運のいい馬が勝ち、菊花賞は最も強い馬が勝つ――。

 20頭を超える出走頭数やレース環境が、まるで違う時代だったということを考えると、頷けるところもありますが、現代の三冠レースは、スピード、スタミナ、勝負根性……と、すべての要素が求められると言っても過言ではないと思います。

 この4月17日(日)は、いよいよ三冠レースの初戦、皐月賞のゲートが開きます。

――まず、一冠を。考えることはみんな同じですが、皐月賞を振り返ると、苦い思い出のほうが多いような気がします。

 マイネルフリッセとのコンビで初参戦を果たした88年。中山競馬場改修工事のため東京競馬場で行われた第38回皐月賞は、なんと、失格。肩を落として裁決室に入っていくと、そこには、ノリちゃん(横山典弘騎手)がいて……。仲良く、しぼられたことを思い出します。

 僕に初めてダービージョッキーの称号をプレゼントしてくれた、スペシャルウィークの皐月賞は、枠順に泣かされました。

 当時は、芝の保護を理由に、柵を外側にずらして施行。皐月賞の開催に合わせて内に移動させていたため、内にグリーンベルトが出現し、枠の内、外が、勝負に大きく影響していました。

 その皐月賞で、スペシャルウィークが引き当てたのは、まさかの大外18番。上がり最速の脚で猛追しましたが、ノリちゃんが騎乗したセイウンスカイに1馬身半、届かずの3着……。奥歯を噛み締める結果に終わりました。

 同じく3着に敗れたフジノマッケンオー(94年)、ダノンバラード(11年)、ダンビュライト(17年)。4着に終わったアドマヤムーン(06年)、アドマイヤオーラ(07年)、エアスピネル( 16 年)のレースも、悔恨とともに頭の隅に刻み込まれています。

 しかし、マイナス思考はここまで。ゲートが開くその瞬間まで、過去に勝利をこの手につかんだ3つのレース――ナリタタイシン(93年)、エアシャカール(00年)、そして、ディープインパクト(05年)の走りを頭の中でリピート。勝つイメージだけを持って、本番に臨みたいと思います。

 今年、この皐月賞で僕とコンビを組むのは、2歳王者のドウデュースです。

 前哨戦となった3月6日に行われた弥生賞ディープインパクト記念は、首差届かずの2着。無敗のまま、皐月賞に進みたかった気持ちもありますが、距離延長も問題なく、本番に向けて万全の態勢で臨むことができそうです。

 まずは、一冠――。ホースマンの憧れである日本ダービーに、胸を張って出られるような走りをお見せしたいと思います。期待していてください。