■三冠王の忘れられない一発!

 そんな藪氏が在籍していた阪神は、“史上最強の助っ人”と名高いバース以降、外国人の不作に泣かされた。

「活躍したのはオマリーぐらい。その後釜で来たグレンなんかは、広背筋の故障がしっかり治せていれば、結果は、おそらく違ったはずだけど……。もっとも、阪神の失敗の原因は主に調査不足。現地まで行って、しっかり調べていた中日やヤクルトとは基本姿勢から違う」(前同)

 1995年、阪神を去ったオマリーは、移籍先の野村ヤクルトでも中軸として真価を発揮。

 その後もヤクルトでは、ホージーやペタジーニ、そして外国人&右打者としては史上初となるシーズン200本安打を達成したラミレスなど、本塁打王に輝く外国人の豊作が続いた。

「同じプロとして見てきた中ではオマリー。それと落合博満さんは、やっぱりスゴいと思ったよ。あの2人に関しては、三塁に走者がいれば必ず(本塁に)返していた印象。僕もそうだったし、特に外国人は迫力がある反面、もろさもある。走者を返すのが4番の仕事とするなら、もろさを感じさせなかった2人は、技術的にも、頭抜けた存在だったよね」(山崎氏)

 一方のパ・リーグでは、阪急のブーマー、近鉄のブライアントなど、各球団、優良助っ人たちが4番打者として君臨していた。

「西武黄金期のAKD砲(秋山幸二、清原和博、デストラーデ)なんて、誰が4番になってもおかしくなかったし、カブレラも信じられないほど飛ばしていた。当時は僕も、“外国人には負けたくない”って思いでやっていましたね」(前同)

 また、“平成唯一の三冠王”松中信彦も、忘れられない選手だという。

「2006年の交流戦の甲子園。井川慶のボール気味のインコースをライト上段にブチ込んだ一発は、僕もまだ現役だったけど、衝撃的でしたね」(同)

 そんな数々の逸話と記録を残してきたレジェンドたち。歴代最強を選ぶとすれば、はたして誰か。

 通算403本塁打を放ち、本塁打数歴代20位にも名を連ねる山崎氏は、断言する。

「現役晩年は、先日、西武の中村剛也が超えた長嶋さんの“444本”を僕も目標にしていたけど、歴代最強となれば、王さんしかいない。僕も含め、当時の子どもは皆、一本足打法のマネをしたし、誰もが“王なら、毎試合打つ”と期待して、それを見届けるためにテレビを見ていた。そんな打者は、後にも先にも王さんくらいのものでしょう」

 チームの命運を握る4番打者。並みいるレジェンドたちに肩を並べられるか、現役スラッガーたちの今後の活躍に期待したい。

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