かたや、昇り龍。こなた、土俵際――希代の名横綱だった両者が繰り広げる"結びの一番"の行方はいかに――?

4月3日、公益財団法人として生まれ変わった日本相撲協会の新体制が決定した。
"新生相撲協会"で最も注目されるのはやはり、この人、貴乃花親方。41歳の若さで総合企画部長の重職に就き、初めて執行部入りを果たしている。

まさにトントン拍子に出世する貴乃花親方に対し、同じく名横綱と言われ、国民栄誉賞まで受賞した九重親方(元横綱・千代の富士=58)は理事の座を追われ、ヒラの親方へ転落した。
「2人の明暗が際立ちましたね。思い起こせば、91年5月の夏場所、当時まだ18歳だった貴花田と対戦した千代の富士は、まわしすら取れずに敗れ去り、引退を決意しました。あれから23年間、貴乃花が、理事長のイスを狙っていた千代の富士に、再び引導を渡すことになったんです」(協会関係者)

いったい、何があったというのか?

その発端は、今年の1月頃にさかのぼる。当時、協会ナンバー2の要職・事業部長だった九重親方が、北の湖理事長(元横綱=60)に「気をつけたほうがいいですよ」と囁いたひと言が、すべての始まりとなった。

ある協会幹部は、その発言の真意をこう話す。
「当時、あるパチンコメーカーが相撲協会と1億円のライセンス契約を結ぶ話が進んでいた。この件には、北の湖理事長自身が積極的だったんだが、それもそのはず、契約したメーカーは、理事長と関係が深い会社だった。一方で、九重親方のタニマチが、別のパチンコメーカーの会長であることは周知の事実。そこで、九重親方が揺さぶりをかけた」

それが、週刊誌や夕刊紙などが報じた"パチンコ利権スキャンダル"だった。

特に衝撃的だったのは、動画サイトの『ユーチューブ』に公開された、ある動画の存在だった。
そこには広告代理店関係者が、北の湖理事長の右腕とされる相撲協会顧問のX氏に、500万円を渡す生々しいやりとりが記録されていたのだ。

このカネはパチンコ利権に絡むものとされ、X氏は「カネは返した」と主張したが、この動画が理事長サイドに対する攻撃であることは明らかだった。
「九重親方は理事長のところへ行き、動画の存在を告げたあと、くだんのひと言を付け加えたんだ。理事長はすぐ、その狙いに気づき、"脅し"と受け取ったんだよ」(前同)

そもそも、それまで北の湖理事長と九重親方は蜜月の関係にあった。

08年に、北の湖理事長は弟子の大麻吸引疑惑の責任を取り、理事長を辞任。
しかし、12年に理事長選に打って出て勝利し、史上初めて再登板した理事長となった。

その際に尽力したのが、九重親方と貴乃花親方の両者だったのだ。

「北の湖は、その論功行賞で"九重-貴乃花"という順で理事長を継承させる考えでした。だからこそ、九重親方を協会ナンバー2の事業部長に指名したんです」(北の湖部屋関係者)

しかし、"パチンコ利権問題"で北の湖理事長は九重親方への警戒心を強め、「1月31日に行われた理事選で刺客・友綱親方(元関脇・魁輝)を送り込み、九重親方の失脚を図ったんです」(ベテラン相撲記者)

その結果、九重親方は立候補者の最下位に沈み、理事選に敗北。
新体制から弾き出される形になった。

土俵際の九重親方が狙った巻き返し策か、3月6日になって、前出の"裏金動画"を糾弾する記事が突如として、朝日新聞に掲載されたのだが……。
「理事選に敗れ、3月末に任期が切れる九重親方としては、それまでになんとか北の湖理事長のクビを獲り、理事に返り咲く必要があった。それを狙ったものだと噂されています」(前同)

新体制発足の裏側で、とんだバトルが繰り広げられていたわけだが、次期理事長候補・九重親方の失脚で、「貴乃花理事長誕生」の芽がふくらんだのは事実だ。
「貴乃花親方は、先輩の大横綱として北の湖理事長を尊敬している。しかし、同じ名横綱でも、九重親方に対する気持ちは微妙かもしれない。なにしろ、父親の先代貴ノ花が親方だった時代、藤島部屋の所属力士らは"千代の富士のバカが"と、罵倒していたからねえ」(角界関係者)

九重親方に批判的なのは、貴乃花親方周辺だけではない。
取材すればするほど、"国民栄誉賞力士"の意外な姿が浮き彫りになってくる。
「とにかく人望がない。引退後、千代の富士は九重部屋を継いだんだけど、弟弟子で横綱だった北勝海が引退して八角親方になると、九重部屋の部屋付きの親方は全員、八角部屋へ移籍しちゃったんだからね」(前同)

逆に、八角親方には人望があるという。
「九重、八角両親方の師匠である北の富士(元横綱)さんも、各場所の千秋楽のあとは必ず八角部屋に顔を出す。そうすると、同門の親方衆もみんな八角部屋に集まる。北の富士さんは、同じ弟子でも九重親方のところへは一度も行ったことがないんです」(同)

このため、1月末の理事選では、九重親方と同門(高砂)の親方衆の多くは八角親方へ投票し、九重親方が集められた票はわずかに5票。
落選の屈辱を味わうことになったのだ。

再び貴乃花に敗れた九重親方

「これまで九重親方は時津風一門と協力し、理事選などで互いに票の貸し借りを行ってきました。北の湖理事長が所属する最大一門の出羽海ならともかく、他の一門が複数の候補を立てるには、投票権のある親方の数が足りず、一門の枠を超えて連携するしかありませんからね」(専門誌記者)

ところが、時津風親方(元幕内・時津海)が貴乃花グループと連携したため、「本当なら、九重親方に回る2票分が貴乃花親方へ流れてしまったんです。もし、その2票が上乗せされていれば、獲得票数7票だった、"刺客"の友綱親方と同数。九重親方の巻き返しは可能でした。あくまで結果ですが、これも因縁でしょう。千代の富士は再び貴乃花に敗れることになったんです」(前同)

その貴乃花親方は、2010年の理事就任以来、大きな成果を残してきた。

大阪場所担当理事としては、さる3月23日に千秋楽を迎えた大阪場所で大入り満員が10日目となり、2年連続で大入り満員が2ケタになるという快挙を達成。

また、同場所後に横綱へ昇進した鶴竜には、一門の枠を越えて横綱土俵入りの指導も行っている。
「新体制下で貴乃花親方が就く総合企画部長は、事業部長になった八角親方と同じ執務室で仕事をすることになる。この部屋にデスクを持つことを執行部入りと言い、政治の世界での"党三役"のような立場になったことを意味します」(同)

相撲通で鳴るラジオパーソナリティの大野勢太郎氏が、こう語る。
「北の湖に北勝海、それに貴乃花。これまで徳を積んできた人によって、ようやく協会の舵(かじ)取りが行われるという印象です」

一時、新体制の人事予想で「貴乃花がナンバー2の事業部長になるのでは」という声も上がっていたものの、結果は八角親方が、これまでの広報部長から事業部長へ栄転した。

これで、北の湖理事長の次は八角理事長というラインが敷かれたことになる。

しかし、「八百長騒動の時のように協会に、いつなんどき嵐が吹くかもしれません。その時こそ、改革者であり、人格者かつカリスマ性のある貴乃花親方の出番です。いわば彼は相撲協会の切り札。新体制でナンバー2のポストに就けるよりは、温存しておく、という判断でしょう」(前同)

恩讐の23年を経て、ラストバトルに勝利した貴乃花親方。
いよいよ、親方念願の大相撲改革が実現しようとしている。

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