岩井志麻子のあなたの知らない路地裏ホラー

その男は昔、惚れた女がいた。十八くらいからソープ勤めの、複雑にして不幸な生い立ちの女だ。すべてにだらしない女だったが、気丈で情の深いところもあった。

何度か彼の子を妊娠したが、その度に堕胎させていた。やがて彼女に暴力をふるうようになり、殺してしまうんじゃないかというような目にも遭わせた。

そして彼女はある日突然、彼の前から姿を消した。絶対、どこかの風俗店にいるはずだ。見つけ出して殺してやる。彼は何年もしつこく探し回ったが、見つからなかった。

気晴らしに、ある東南アジアの国へ行った。日本も暖かくなってきたが、ここは常夏だ。
川沿いのカフェでビールなど飲んでいると、現地の子ども達が集まってきて、近くで遊び始めた。その中の一番小さい、小学校に入るか入らないかくらいの年頃の男の子が、妙に気になった。唐突に、自分の子ではないかという気がした。

その子だけが日本人の子に見えるのではなく、まったくもって現地の子だ。しかし、理屈では説明できない何かの確信を持って、息子だとつぶやいてしまった。

どんな事情や経緯があったかはわからないけれど、あの女が俺の子を妊娠したままこの国に渡って子どもを産んで、その子はこちらで大きくなった。彼はそう考えた。

彼は売店でお菓子を買うと、子ども達に配った。他の子達は喜んだが、その子だけは強いまなざしで彼をにらみつけ、お菓子を受け取らなかった。それだけではなく、彼の手を力いっぱい引っかいて逃げて行った。

彼はさらに確信を深めた。あの憎しみと恐怖のこもった目。俺とあの女の子どもだ。俺の血だけでなく、彼女の俺への恐怖も、あの子は受け継いでいる。彼はすぐにその国から戻り、もう彼女を探すのはやめた。次に会ったとき、息子に殺されると予感したからだ。

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