岩井志麻子のあなたの知らない路地裏ホラー

まだ梅雨時には間があるのに雨の続く夜、新宿の飲み屋のママに聞いた話だ。

常連客の男が店で、故郷のお祖母ちゃんの具合が悪くて心配だという話をした。
そのとき彼は仕事上のトラブルも抱え、ややこしい女性関係にも悩まされ、かなりまいっていたという。

ところが居合わせた、ときどき来る女性客が唐突に吐き捨てるようにいい放った。
「ババア、死ねばいいのに。何の役にも立たない年寄りは、生きていても無駄」

ママも彼も含め、みんな怒るというより唖然とした。まず、彼女は酔ってなかった。
普段からちょっと口は悪かったが、そこまで人の神経を逆なでしたり空気を読まない人でもなかった。

それに彼とは日頃から不仲だったのでもなく、顔見知り程度だった。
当の彼女は、そんな暴言を吐いた後はけろりとして、他の客達と普通に世間話や噂話をしていた。

だからママ達も、さっきの失礼な暴言は何なんだと、とがめたりしなかった。

余計に空気が悪くなるし、彼ももっと嫌な気分になると思ったからだ。

その翌日の夜、彼がまた店に来てこんな話をした。
お祖母ちゃんはちょうど昨夜、彼が店で飲んでいるとき、かなり危険な状態になっていたらしい。

親は迷ったが、いろいろ弱っている彼を心配してその夜は知らせなかった。ところがお祖母ちゃんは明け方に持ち直し、驚くほど回復したので、彼に電話してきたという。

そして彼の仕事のトラブルも嘘のように片付き、面倒だった女とも別れられた。

そのときは彼もママも、ただよかったよかったと喜び合っただけだったが。
何日かして妙な話を聞いた。例の暴言を吐いた女性が事故に遭って大ケガをし、子どもが病気になり、夫が失業し、家に泥棒に入られたという。

ママは、私にこういった。
「あの暴言は、まじないになって彼から一気に厄を引き落とし、自分に引き寄せたの」

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