人生に役立つ勝負師の作法 武豊
故障したキズナへの変わらぬ思い



今年はこの馬とともに走り続けたい――。

2014年、心のど真ん中に据えていたそのキズナに、故障が発生しました。

診断の結果は左前脚の第3手骨骨折。一番人気に推された「天皇賞・春」(4着)のレース中に起こったアクシデントでした。

状態は文句ナシ。道中も位置取りも、いつもと同じく、最後方近くで待機。3コーナーあたりで、最初のギアを上げたときは、前を走る馬を完全に射程にとらえていました。

ところが、「さぁ、もう一段上のギアを出してくれ」と合図を送ってもいつもの脚は使えませんでした。
――なぜだろう?

レース中もレース後も、ずっとそのことを考え続けていた僕にとって、キズナ骨折のニュースは、ショックと同時に、「そうか、そういうことだったのか」と心のモヤモヤが霧散するものでもありました。

少なくとも僕の中では、いまでも日本で一番強い馬はキズナであり、その馬に騎乗できることは、騎手として、これ以上ない名誉だと思っています。

全治9か月――。

「宝塚記念」での雪辱も、秋に予定していた大目標、「凱旋門賞」への再挑戦もこの骨折で、ほぼ不可能になりました。

「これで楽しみがなくなった」

がっくりと肩を落としているファンの方がたくさんいると思います。僕も……いや、きっと、誰よりも僕自身が一番、そう思っています。

でも、これでキズナの競走馬人生が終わったわけではありません。骨折の状態は、軽症ではないけれど、完治が危ぶまれるほどの重症でもない。レース中に骨折、そのまま予後不良になってしまった馬たちに比べれば、不幸中の幸いと言ってもいいでしょう。

今の僕にできるのは、信じることです。

必ずもう一度、強いキズナが帰ってくる――。

それを信じて、僕自身、さらに上の騎手になってキズナが復帰するのを待っていたいと思います。

かつて、今以上に、精神的に落ち込むアクシデントがいくつもありました。

落馬骨折で、自分自身が肉体的なダメージを負ったことも一度や二度ではありません。

その都度、さらに強い武豊として帰ってこられたのは、ひたすら自分自身を信じ、馬を信じたからです。

騎手に限らず、サラリーマンだろうと、自営業の人だろうと、人生、自分が思い描いていたとおリに進むことは、ほぼありません。誰もがつまずき、転び、痛い思いをしているはずです。

大切なのは気持ちの切り替え。「こんなはずじゃなかったのに……」と言っているヒマがあったら、次の勝負に全力を注ぐ――。

それが、勝負師としての鉄則です。

――順調なら、暮れの有馬記念で復帰できる。

キズナを管理する佐々木先生の言葉を信じて、いや、それより早い復帰を祈って、今は騎手として、やるべきことをやり続けます。


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