岩井志麻子のあなたの知らない路地裏ホラー

 

東南アジアから来た彼女は、今は歌舞伎町の店で風俗の仕事をしている。
「村にいた頃は、朝早くから夜遅くまでずっと働いてたよ。お母さんも働き者だった。
お父さんは酒飲んで博打して遊んで、お母さんや私達を殴ってた。三人いたお姉ちゃん達も必死に働いてるのに、その旦那達も博打と酒浸り。女遊びもやってた。
そんなある日、村が津波に襲われたの。村の田んぼや畑、店、行商、働いていた人達はみんな死んだ。でも、町に出て遊んでた奴らはみんな助かった。
私は幸い、高台の方にいたから助かった。お母さんとお姉ちゃん達は死んで、お父さんや義理の兄達は助かった。子ども心にも、哀しみを通り越してバカバカしくなった。
真面目にしていれば報われる、って考えが間違ってたんだよ。悪いことしたら罰が当たるってのも、嘘だったんだよ。働き者が死んで、怠け者が助かるなんて。
私は裏稼業の人に頼んで、この国に来た。死体の見つからない、二番目のお姉ちゃんの名前に改名したよ。
やってることは体を売ってることで、それは堕落かもしれない。
でも、私はやっぱり働き者なんだね。農作業や行商をやっていたときと、気持ちが変わってない。高級ブランド品も欲しくないし、仕事はあるだけありがたいよ。
神様から見たら、私はどう見えるだろう。派手な格好して、男に体売ってる。堕落しているのか。それとも働き者なのか。突然、とんでもない事故や災害で死ぬのかな。
そのとき私は、ああ働き者だったから早死にしたと思い知るのかな。もし金持ちの男に見初められたりしたら、堕落した女だったからいい目にあえた、とわかるのかな。
いずれにしても、私も死んだら死体がなかなか見つからない気がする。これは確信。それにしても日本の夏は、私の故郷の夏より暑い。死体、早く腐るね」

 

 

 

 

 

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