目の前にいたはずの女性客はいなかった!?
周りにはぽつぽつ人が歩いているのは見えます。目の前にいる女性客も、そのままそこにいますし。でも、まるで凍ってしまったように全身が動かなくなって、声も出ない。
身体に汗が流れ始めました。脂汗というより、真夏にかくような感じの。なぜか胸とお腹、背中だけです。
そのとき、ミキちゃんが帰ってきました。
「どうしたの?」
そう声をかけられた瞬間、身体が自由になりました。それとほぼ同時に、女性客もどこかへ歩いていきます。
今し方あったことをミキちゃんに話すと、彼女は首をかしげました。
「そんな人いなかったよ。ってか、ずっと誰もいないところで喋っていたから、どうしたのって訊いたんだけど……」
声も出せないのに喋れるわけがありません。いえ、それよりも、誰もいなかったなんてありえませんから。
そのことをミキちゃんに話したんですけど、「やめてよ、そんなの」って感じで、怪訝な顔をされて終わったんです。
それから同じことはありません。
ただ、たまにおかしな汗をかくようになりました。寒いのに酷い汗が出るんです。全然暑くないのに。
自律神経が、おかしくなったみたい。
でも、そういうときはあのバイトのことを思い出して、いやな気持ちになります。
今もあの女の人の顔を思い出せますから。
鼻ペチャで、目が離れた、下ぶくれの……。
『本当に体験した! 恐怖の心霊報告書』¥700(税抜)双葉社