関東の豪族にして時の朝廷に半期を翻し、天慶3年(940)に討たれた武将・平将門。「平将門の乱」と呼ばれる事件だ。将門のクビは京に運ばれ晒されたが、あたかも生きているかのように目を見開き、夜ごとに喚き、ついにはもう一戦するがために、切られた体を求めて関東に向かって飛び去ったという。そして、その首が落ちたとされる地が将門塚、つまり将門の首塚なのだ、その後、この地にあった神田明神に手厚く祀られたことで、将門の怨霊は一転、神と崇められる存在となる。
だが、その後も移転の話が起こるたびに、何かと異変が起きては将門塚の祟りと、人びとを震え上がらせた。その“恐れ”は現代にも綿々と受け継がれ、数々のまことしやかな都市伝説を今なお、生み続けているのだ。

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