今年7月に発刊されて以来、『井田真木子 著作撰集』(里山社)がプロレス者のなかで静かな話題となっている。

井田真木子は1991年の第22回「大宅壮一ノンフィクション賞」を「プロレス少女伝説」で受賞した。そのあとも「同性愛者たち」「かくしてバンドは鳴りやまず」などの作品を精力的に発表したが、2001年に44歳の若さでで亡くなった。

あれから13年が経ち、絶版となっていた作品たちが著作撰集でよみがえったのだ。

「プロレス少女伝説」について井田はのちに「女子プロレスラーが、社会の死角に封印されるように、彼女たちをノンフィクションのテーマにしようという試みも、結局、すみやかに忘れ去られるだけではないのか、私は心底ひるんでいた。」と語っていた。この言葉を聞くと井田はマイノリティーに目を向ける「優しい書き手」と思う人もいるかもしれない。

しかし井田にとって社会から遠い人たちを描くことはやさしさでも正義感でもない。並走できるリアルなのだ。井田にとって「切実」だったからだ。私はそう思う。だから作品を読むと、井田の息づかいが聞こえてくるようなのめり方、熱さを感じるのだ。

「プロレス少女伝説」では、井田がノンフィクションライターという聞き手の立場を超え、状況に介入し、対戦不可能な神取忍と長与千種の「新しいプロレス、新しい時代」に向けて動く。両者を導き、煽り、頓挫するのがひとつの読みどころだった。神取も長与も井田にのせられ対戦を熱望したが、団体の事情で夢は潰えた。

しかし、あれから時を経て今年10月11日、神取と長与は遂に同じリングに立った。

井田真木子の著作撰集が発刊、いや、井田真木子という名前が生き返った年に神取と長与がリングで向き合う。なんという不思議な縁、流れなのだろう。こんな興行、行かないはずがない。

両国国技館で開催した「Mr.女子プロレス神取忍 生誕半世紀 イベント」。神取が藤原喜明、ダンプ松本とタッグを結成し、堀田裕美子&長与千種&天龍源一郎組と対戦した。

みんな全盛期はとっくに過ぎている。だけどそんなことはどうでもいいのだ。「人生の答えわせ」が目前で見ることができればそれでいい。リングにあがってくれるだけでいい。

試合は神取が限定復帰の長与を締め落として勝利。でもファンはそのあとの光景が見たかった。

長与はマイクをとり、「大人になってから見た夢が実現しました。昔約束した夢をかなえてくれてありがとう。」と神取に言った。「大人になってからの夢」というのがさすが長与ではないか。長与の「言葉」に惚れ、伝道師として密着し続けた井田真木子の姿が浮かんだ。

プロレスを見続けてよかった。世の中に無駄なジャンルなんてない。

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