人に好かれるために生きるな

実はユーモアのセンスも持ち合わせていたという健さん。たけしは、こんな秘話も明かしている。
「お笑い芸人が映画賞を取るようになったから、ラジオで"役者よりお笑いの方が芝居がうまいじゃねえか""何なら役者がお笑いやってみろ"って言ったことがある。そしたら、健さんが田中邦衛に"漫才やろうか"って言ったらしいよ。だけどネタ合わせやったら、お互い無口で"こりゃムリだ"と、すぐにやめたって(笑)」
さらに、たけしの回顧談は健さん伝説の"タブー"にも踏み込む。
「健さんと共演したとき、オレが"健さん、酒も飲まないし、女っ気がないし。女に興味がなくなったの?"って尋ねたら、"タケちゃん、オレはホモじゃないぞ!"って言ってさ。続けて、"これまで遊んだことは遊んだ。けどね、もう女なんてどうでもよくなっちゃって、面倒くさいんだ。話すんだったら、男とのほうがいいしな。女と変なことする気はさらさらない"って言うんだ」

そんな健さん、寡黙なイメージとは裏腹に、感情豊かな人でもあった。
遺作となった『あなたへ』で、富山刑務所の指導技官を演じた健さんが撮影後、同刑務所内の講堂に登壇した。
受刑者らに「自分は、日本の俳優では一番多く皆さんのようなユニフォームを着た俳優だと思います」などと笑わせたが、東日本大震災で大切な人を失った人たちの思いが同作品の原点だけに、「『あなたへ』は、人を思うことの大切さ、そして、思うことはせつなさにもつながると思います……」というくだりになると、声を詰まらせた。
あとで言葉に詰まった理由を聞かれ、「なぜだか涙が出てしまいました」とコメントを寄せている。

また、『あなたへ』の撮影中、大滝秀治さん(故人)の「久しぶりに、きれいな海ば見た」というセリフに、目を潤ませ、収録後、涙を拭うこともあったという。
「先輩に教えられて、特に心に残っているのは2つ。ひとつは、"相手が誰であっても『さん』をつけて呼べ"というもの。呼びつけはもってのほかで、業界人みたいに"○○ちゃん"とか言うのも先輩は嫌ったね。誰に対しても謙虚であれ――ってことです。
もうひとつは、"人に好かれようとして生きるな"ってこと。誰しも人に好かれたいけど、それを目的に生きていくのは違うと。自分の信念を曲げてまで、人に好かれようとすることは、媚びにつながるからダメだって教えてくれたんです」(八名さん)

健さんが残していったのは、現代の日本人が失いつつある思いやりや優しさ、そして男気――だったのではないだろうか。
偉大な名優のご冥福を、心より祈りたい。

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