「それは菅原文太じゃない」

俳優仲間に対しても面倒見のいい兄貴分だったようだ。
「梅宮辰夫さんがクラウディア夫人と結婚する前のこと。初めてのデートの際、梅宮さんは照れ臭くて、文太さんに頼んで付き添ってもらったそうなんです」(芸能事務所関係者)
晩年の文太さんは、そうしたお茶目な一面を、バラエティ番組でも見せるようになっていた。
「文太さんが『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)の"ビストロSMAP"のコーナーに出演したときのことです。本番中であるにもかかわらず、文太さんは大好きな焼酎を飲み続けたんです。さすがに、司会の中居正広から"もう文太さん、酒臭すぎますよ"と言われると、"映ってるか? ああ、顔真っ赤だな!"と言って笑っていましたが……」(テレビ誌記者)

芸能界での豪放磊落(らいらく)な姿とは違って、私生活は至って庶民的だったという。
「中華料理が大好物で、ボクシングやプロレスなどの格闘技のファン。読書や、パソコンでネットサーフィンするのが趣味という、知的好奇心が旺盛な一面もありました。外出する際には一切、車を使わず、電車などの公共の乗り物を使っていたそうです」(芸能リポーター)

しかしながら、プライベートでも豪快な仰天エピソードも残している。
「文太さんの自宅の冷蔵庫の中には、大量の点滴用の液剤が入っていたそうです。それを見た人がビックリして聞いたら、文太さん、ナント、"飲むんだよ"と言って、点滴の袋をハサミで切り、コップに注いで飲み始めたというんですよ。菅原文太は、疲れがたまると点滴用の液剤をそのまま飲んでいた!――この話は、今や伝説になっています」(前同)
亡くなった今となっては真偽を確かめる術もないが、大物俳優らしいエピソードだ。そして人生の最期の瞬間までとことん"男"というものにこだわった。

「文太さんが膀胱がんを発症したとき、担当医に膀胱の全摘出を勧められたんです。そこで文太さんは、親交のあった諏訪中央病院の名誉院長に相談したそうです。そのとき、文太さんの残した言葉が、彼の生き様を象徴しています」(芸能プロ関係者)
文太さんは、こう言って手術を拒否することを決意したという。
「おしっこ袋をぶら下げて生き延びたとしても、それは菅原文太じゃない」
死を前にしても、"男"にこだわり続けた男。文太さんが残していったのは、現代に生きる男たちが忘れきょうじつつある心意気や矜持だったのではないだろうか。

不世出の大スターのご冥福を心より祈りたい。

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