テレビを愛し続ける『人間力』 鈴木おさむ(放送作家)の画像
テレビを愛し続ける『人間力』 鈴木おさむ(放送作家)の画像

「仕事って代わりの人でも出来ると思うんです。でも、自分しか出来ないと思う気持ちと、責任感。それが生きている意味なんじゃないですか」

テレビ番組を作るって本当に異常な仕事なんですよ。
タレントさんに無人島に行ってもらったりとかしていますけど、本当に食事とかを一切、用意してなかったりしますからね。ほかにも、トマトだけ食べて3日間生活をしてもらうとか、ヤギと一緒にマンションの一室で、1週間、ヤギのミルクだけで生活してもらったり。

テレビだから笑えますけど、これを実際にやっている人がいたら、ただの馬鹿ですよ。
でも、大変なのはタレントさんだけじゃないんです。テレビでこれだけは、やっちゃいけないということがあって。それは出演者にケガをさせること。だから、事前にスタッフがやるんですよ。"トマト生活"のときは、ディレクターさんが、タレントさんに企画のプレゼンをしたんですけど、"あなたに3日やらせるから、ぼくは1週間、トマトだけ食っていました"って7キロ痩せたらしく、フラフラになりながら、口説くんですよ。そこまで言われたら、誰も断れないじゃないですか。その人って、テレビ業界ではすごい熱意があって優秀な方なんです。でも、傍から見たら、ただの馬鹿ですよね。

でも、テレビという異常な世界を作り出すためには、異常な根性がいるんです。
ぼくが、まだ24、25歳のとき、すごくお世話になっているプロデューサーさんの奥さんのがんが再発してしまったんですが、彼はそれをずっと隠していたんです。ある日、どうしてもその日にしなくてはならない打ち合わせがあって、病院に呼ばれたんです。毎週、放送があるから、その日を逃すと間に合わないんですよ。わーっと打ち合わせして、帰ろうとしたら、"ちょっとだけ、奥さんと会ってやってくれ"って言われて、病室へお邪魔したら、危篤状態だったんです。その次の日に、亡くなられました。

すごい残酷ですよね。奥さんが死んじゃうかもしれないのに、それをおくびにも出さないで、自分がいまやらなければならないことだと信じ、ぼくと1時間打ち合わせしていた。
当時のぼくは、その人しかできない仕事だと思っていましたけど、ぶっちゃけた話をすれば、その人がやらなくても代わりの人でも出来ると思うんですよ。だけど、自分しか出来ないと思う気持ちと、責任感。俺しか出来ないって思っているからいいんですよ。それが、生きている意味じゃないですか。

今回の書籍『名刺ゲーム』を書くきっかけとなったのは、たかが1分くらいの名刺交換の間に、その相手の人生が、もしかしたら劇的に動いているんじゃないかと思ったことです。相手が今日、父親が死ぬかもしれないって状況で仕事しに来て、笑顔で名刺交換しているかもしれないわけです。それなのに、貰ったほうの人はその名刺を渡してきた人のことを覚えてないかもしれない。

ぼくも仕事上、1週間に100枚くらい名刺を頂くこともあるんですが、なかなか覚えられない。自分にとっては、1/100でも、それぞれの人にドラマがあって、そこで見せている顔とは、違う顔があるかもしれない。そういったことをテーマにした作品です。ただ、ぼくはあくまでも放送作家なんです。テレビ以外の仕事をしているときでも"放送作家の鈴木おさむです"って必ず言います。今回は小説という形になりましたが、正直、小説家が書いたほうがおもしろいに決まっているんです。でも、放送作家をやっている自分だからこそ、書ける小説もあるはずだと思うんです。

ぼくが、仕事をするモチベーションって、やっぱり自分にしかできないという気持ちなんです。

撮影/弦巻 勝


鈴木おさむ すずき・おさむ

1972年4月25日、千葉県生まれ。放送作家。高校時代に放送作家を志し、大学在学中にデビュー。バラエティを中心に沢山の番組の構成を手がける。また舞台の作・演出や、映画・ドラマの脚本、テレビ番組の演出、ラジオパーソナリティー、等幅広く活躍中。エッセイや小説の著作も多数。妻は人気お笑いトリオ『森三中』の大島美幸氏。

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