漫画が人生と言い切る『人間力』さそうあきら(漫画家)の画像
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「漫画を描いているうちに、最初の面白さがどんどん色褪せていって、自分の漫画にも飽きるんです。それが漫画家の宿命だと思う」

今回、僕が描いた漫画『マエストロ』が映画化されました。一度は潰れたオーケストラ楽団をカリスマ指揮者が復活させるというお話です。主人公の指揮者は痩せている老人で、誰がやるのかなと、思っていたんですが、西田敏行さんと聞いて、なるほど、そうきたかと思いましたね。

西田さんの俳優としてのカリスマ性みたいなものは、僕が描いた指揮者に通じるところがあって、映像化された作品では、それが出ているなって思いました。いくつか撮影の現場にお邪魔させてもらったんですが、西田さんが、休憩時間とかにボーっとお茶飲んでいたりすると、その時は気が付かないで通りすぎちゃうような感じなんです(笑)。でも、演技に入ると、存在感がずば抜けているっていうのは肌で感じました。

僕は、音楽漫画がずっと描きたかったんです。小学校時代にピアノを習って、大学卒業後にインドネシア音楽のガムランをしばらくやっていたんです。ガムランはインドネシア語で叩くって意味で、銅鑼みたいなものや鍋を逆さにしたものを叩いて合奏するんです。そこで知り合った人たちと交流しているうちに、音楽の漫画を描きたい衝動が湧き上がっていきました。

でも、漫画で音楽を描くって、音が表現できないので、そんなもの成立するのか。どうすれば、読者に想像してもらえるのかと考えたんですが、それは読者に自分の音楽体験を当てはめてもらえばいいんだと気が付きました。それで、初めて描いた音楽漫画が『神童』だったんです。

『神童』はひとりの天才ピアニストの物語だったので、次は合奏の楽しさを描きたくて『マエストロ』を描きました。オーケストラって同じ奏者を集めても指揮者によって、まったく音が変わるんですよ。

それが不思議で指揮者と演奏者の関係ってどうなんだとか、そもそも指揮者って何者だろうかって思い、5人の指揮者を取材させて頂いたんです。それぞれタイプは違うんですが、明るい人が多かったんですね。そこから出来上がったのが、今作の主人公である下ネタ好き変人キャラの天道でした。

転じて、奏者の方は暗かったですね(笑)。オーケストラっていう組織が、自分を抑えなきゃいけないっていうプレッシャーを凄く与えるみたいで、生真面目な人が多いんですね。漫画では、多種多様なキャラとして描き分けました。

漫画を描き始めたのは、大学生の頃でした。早稲田大学の漫画研究会に入ったんですが、今、人気漫画の『深夜食堂』を描いている安倍夜郎君がひと学年下にいました。彼は当時から絵が古いとか言われていましたが、今も同じ絵柄なんですよ。ひと回りすると、古いものも新しくなるんだなって思いましたね。

大学時代の僕は、そんなに熱心に漫画を描いていなかったのに、漫画で食べていこうと考えていましたので、就職活動はしなかったんです。今、考えると恐ろしいですが(笑)。

デビューしてからは、食えないほどではなかったですが、そんなに単行本も出ませんでしたし、出ても売れないって状況が、ずっと続いていました。長編の『神童』を描かせてもらった時、作風が変わりましたね。キャラを中心にドラマを動かしていくと、今まで恥ずかしいと思って、描かなかったようなことも描けるようになったんです。

漫画家としてデビューしてから、もう30年経ちますが、何が辛いって作業時間が長いので、描いているうちに、最初の面白さが色褪せていくんです。そして、自分の漫画にも飽きるんです。それが漫画家の宿命だと思うし、それとの戦いですね。

でも、僕には漫画しかないので、辞めようとか思ったことはありません。漫画は人生そのものです。最近は大学で若い人を教えているのですが、それもいい人生経験だなって思います。ただ正直、その時間を含め、好きな楽器を練習する暇があったら、やっぱり絵を描いていたいですね。

撮影/弦巻 勝


さそうあきら さそう・あきら

1961年2月9日、兵庫県生まれ。商社マンだった父親の仕事の関係で子どもの頃、インドで過ごす。そこで『巨人の星』と『タイガーマスク』に出会い、何度も繰り返し読んだ経験が、後の漫画家への道を開く。早稲田大学在学中にちばてつや賞を受賞。その後、『神童』で手塚治虫漫画優秀賞を受賞。同作と『マエストロ』で文化庁メディア芸術祭漫画部門優秀賞受賞。『トトの世界』はNHKでドラマ化された。現在は、京都精華大学で漫画を教える傍ら、精力的に漫画創作活動に励む注目の漫画家。

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