わが国の農業を支えてきたとされる"巨大組織"農協にメスを入れた政府。世紀の愚策か、歓迎すべき快挙か!?

さる9日、政府は全国農業協同組合中央会(JA全中)の猛反対を押し切り、アベノミクス"第三の矢の柱"として、農協改革の断行を決定した。"岩盤規制"と呼ばれ、強固に守られてきた農協グループに、歴代政権として初めてメスを入れた格好だ。

改革の骨子は、JA全中の権限を縮小すること。JA全中は全国にある農協の頂点に君臨する中央組織「全農」の最高意思決定機関で、地方の農協から賦課(ふか)金を集め、各農協への指導監督にあたってきた。同時に、強力な政界工作も行ってきたことで知られる。
「農家票を取りまとめ、同時に、農協から"上納"させる賦課金でロビー活動を展開してきたんです。農林族と呼ばれる議員の多くが、その影響下にあると思われます」(全国紙政治部記者)

自民党の農林族議員の一人は、こう打ち明ける。
「全中は農業組織のピラミッドの頂点ですが、政府は、全中が下部組織である全国津々浦々の農協を監査する権限を取り上げたんです。政府は今回の改革で、まず全中の"政治力"を弱めたあと、必ず次の一手を繰り出してきます。本丸は農協"改革"ではなく"解体"。一部では、解体までの行程表が出回っていますからね」

自民党は一昨年の9月から、農協改革に向けた党内論議を開始、昨年5月には、政府の規制改革会議が農協改革について提言している。
以来、改革派VS 農林族議員・JA側に、熾烈な主導権争いが勃発。今年の1月末には、農協改革の具体的な法案検討のためのチームが自民党内で結成され、水面下でJA側との交渉が始まるや、蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。

ただ、安倍首相は党幹部に「全中が反発しようと、絶対に譲歩するな」と檄を飛ばしていたという。農協とは縁のない一般の国民には「政府による"農民イジメ"」にも映る今回の騒動。政府はいったい、何をしようとしているのか?

「ズバリ、"兼業農家潰し"です。彼らに農業をやめさせ、土地を吐き出させることが政府の狙い。そうして、主業農家(専業農家)に土地を集約し、アメリカのような大規模農業に移行させようとしているんです」(全農関係者)

それだけにとどまらない。
「加えて、各種企業の農業への新規参入を促そうとしています。主業農家が兼業農家から土地を集め、大規模農業を実施するならまだしも、そこに利益最優先の企業論理が持ち込まれたらどうなるか? 安全性は度外視され、農地が荒廃するかもしれませんよ」(前同)

そうなっては一大事である。しかし、政府の農協改革はさらに続くという。
JA関係者が口を揃える政府の"次の一手"は、「(1)農家でない准組合員の利用規制、(2)JA全農(全国農業協同組合連合会)の株式会社化」――とか。
いずれも、今回の改革では見送られた案件だ。しかしなぜ、この案件が農協解体につながるのか。

まず、農家でない組合員(准組合員)というのは、JAバンクやJA共済を利用する人たちのこと。彼らが農協に預金したり保険金を支払うことに、制限をかけようとしているのだ。東京大学大学院(農学生命科学研究科)の鈴木宣弘(のぶひろ)教授が解説する。
「現在の農協は、JAバンクやJA共済などの信用事業なくしては、経営は立ち行かなくなっています。つまり、政府は准組合員を農協から引き離すことで、農協の経営が立ち行かなくなるように仕向け、解体しようとしているんです」
首尾よく農協を解体したら、兼業農家が政府のターゲットになるという。

一方、JA全農は、農家からコメなどの農産物を一手に買い入れ、農機や肥料などを農家に共同販売する中央組織だ。
「そのJA全農が株式会社化されたら、独禁法(独占禁止法)の適用除外が受けられなくなる可能性があります。これまで、零細農家は、全農という巨大組織を通じて販売交渉力を持つことができました。しかし、独禁法の適用を受けたら、それができなくなる。そうなると、巨大な小売企業などに、生産した農産物を買い叩かれかねません。つまり、現状の農協改革は農家の販売力を強化するのではなく、販売力を削ぐ結果になってしまうわけです」(前出・鈴木教授)

こうして、兼業農家がたまらず農家を廃業し、土地を吐き出すことになるというのが政府の描く青写真。
ただ、全農の株式会社化には、兼業農家のみならず、主業農家からも不満の声が上がっているという。
「農業機械や肥料の共同購入も独禁法に触れるという話になったら、JAグループの販売交渉力が弱まる。競争原理が上手く機能しなければ、結果として、農家は今よりも高い資材を買う羽目になってしまいますよ」(農協組合員)

この問題に対し、全農に質問してみると、「まだ法案が具体的には示されていないので、コメントは差し控えたい」(広報部)との回答。

とはいえ、コメの生産コストが上がれば、米価の暴騰という事態を招く恐れがあるだけに、消費者としては見過ごせない。
「今の米価水準で、とうてい農家の経営は成り立ちません。安倍首相は農業所得倍増計画を掲げていますが、それはあくまで、規制緩和によって大規模農業に新規参入した巨大企業の所得が増えるという意味。決して農家の所得が倍になるという意味ではありません」(鈴木教授)

何やら"農協改悪"のようにも思えてくるが、40代の現役農水官僚は、「政府が進める農協改革は、日本の農業がTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に、対抗できる唯一の手段」だと断言する。
「現在の小規模農業を続けていては、安い輸入米にコスト面で太刀打ちできません。ただし、農協改革や農業改革が進み、大規模農業が主流となれば、品質はそのままにコメの価格は引き下げることが十分可能です。価格が下がったうえ、安全でおいしければ、輸入米にも十分対抗できます」

世界一の日本のコメが今より安く食べられるなら、消費者にとって歓迎すべき話。いずれにせよ、農業は安全保障と同じく国家の重要課題であるだけに、来る"第二幕"の行方を注意深く見守る必要がある。

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