ナイフで首を切りつけられた

これまで数多の現場を経験してきた伊東氏。新米Gメンの犯人捕捉率は2~3割程度だが、伊東氏の場合、8割にのぼるという。
「万引きGメンは、基本的に警備会社からスーパーなどに派遣される私服警備員という立場です。現場では、何はともあれ、『現認』を取らないことには始まりません。現認とは警察用語で、商品を手に取り、未精算のまま店外に出るという犯罪行為の一部始終を、自らの目で確認することを指します。この現認の構成要素が一部でも欠けると、相手に声をかけて捕捉することはできません」

万引きの手口は、実に多種多様。盗った物をそのままポケットに隠したり、買い物かごに入れた商品を店内の死角で、持参したバッグの中に移し替えたりするやり口以外にも、一度精算を済ませた品が入ったビニール袋に新たな商品を入れる=「出戻り」、手にした買い物かごごと店外に出る=「かご抜け」、服や靴を自分が身に着けている物と、その場で交換する=「はき替え」などなど。

ここで、伊東氏に万引き犯を捕捉するまでの実例を挙げてもらった。

●場所/某県の大手スーパー地下1階食品売り場
●犯人/狼のような鋭い目つきをした50歳くらいの主婦。通称「狼女」
●状況/大量の商品をカートに載せて、レジを通さずにサッカー台(商品を詰める台)に行き、持参したエコバッグに詰め込み始めた

「未精算の商品が入ったエコバッグをカートに載せた"狼女"は、周囲を警戒しながら、1階出口につながるエスカレーターにカートごと乗ってしまいました。追尾中に一瞬、見失いましたが、店外で自転車の荷台に盗んだ商品を載せている姿を発見。声をかけたら、狼狽しながらも"お金は払いました"とシラを切る。ただ、私の目を真っすぐ見られず、レシートもなくて黙ったままなので、事務所に連れていきました」

この"狼女"が盗んだ商品は、肉、魚介類、野菜、味噌、さらには10キロ袋のササニシキまで計25点、しめて1万1021円分。常習犯のご多分に漏れず、アスパラや鮭の切り身などを2個、3個と複数盗む強欲ぶりだった。

「彼女は"警察にだけは……"と、とにかく通報されることを極度に恐れていました。健康保険証を見ると、56歳の主婦で旦那さんと子ども2人の4人暮らし。警察を極端に嫌がる犯人は大抵マエ(前科)があります。後でわかったんですが、彼女も前科6犯で、2週間前にも近所のスーパーで捕捉されたばかりでした。結局、その悪質さから、店のマネージャーが警察に通報したんですが……」

通報されたことを知らなかった"狼女"、突然、現れた警察官を前に動転。ついにはバッグからハサミを取り出し、自ら刃先をノドに付きつけて「あたし、死にます!」と叫ぶ大立ち回りを演じた末に逮捕された。

「万引き犯は、基本的にみんな嘘つきなんです。常習犯なのに"今日が初めてだったんです!"と土下座して謝るのは序の口。事務所に連れてきた途端、"胸が痛い、心臓が……!"と倒れる老人や、ヨダレを垂らしながら、おしっこや"大"まで漏らす犯人もいました。もう嫌になりますよ。また、補捉する際に抵抗する人間もいます。私も小さなナイフを持った男に首を切りつけられ、血が噴き出したことがあります。あと数センチずれていたら、動脈が切れて死んでいました。襲われた場合、私は空手のローキックを相手の太ももに打ちつけ、動けなくするようにしています」

スゴ腕Gメンとして10年以上にわたり活躍する伊東氏だが、精神的な苦痛は決して消えないという。
「結局、いつも人を疑って見ないといけない。この仕事を真面目にやろうとする人ほど、苦しくなって酒に溺れたり、心を病んでしまったりする。悲しいことですが、実際、私も親友だったGメン仲間を自殺で失っています。そもそもこの仕事は待遇が良くありません。Gメンの日給は良くて1万円程度、管理職クラスでも年収はせいぜい400万円程度です。体を張る仕事内容に決して見合った収入は出ません。Gメンは7、8割が女性ですから、不良や外国人窃盗団のような危ない相手は見て見ぬふりで、抵抗されない老人ばかりを捕まえがちです。最近、高齢者の万引きが増えたと言われますが、実は、それよりベトナム人や中国人の窃盗グループが急増している。高価な家電をごっそり持っていくなど、ひどいものですよ」

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