突然の引退宣言に誰もが驚いただろう。喜怒哀楽は常にムキ出し。裏表なんてなさそうな男は、意外や計算高く――。

決戦は日曜日――大阪市を廃止して5つの特別区に分割する、いわゆる「大阪都構想」の賛否を問う住民投票が5月17日、実施された。日本が変わるか、どうなるか。その激流の中で怒り、闘っていたのは橋下徹大阪市長、その人だ。
「3月中旬の世論調査では賛成43.1%、反対41.2%と拮抗していましたが、5月10日に発表されたデータでは賛成39.5%、反対47.8%と、突如、劣勢に立たされました」(全国紙政治部記者)

逆境もそのはず。事もあろうに、自民党の大阪府連が共産、民主両党と、まさかの"共闘"。都構想に「大反対!」と、アンチの大合唱を続けてきたのだ。
在阪の記者が言う。
「街頭でのビラ撒きも街宣も、ずっと"反橋下派""都構想反対派"が圧倒的に多くて、声も大きかったですね。もう、数が断然、違いました。"二重行政解消は、このままの体制でもできる"を掛け声に、橋下氏を叩いていたんです」

また、大阪都構想の目玉である"カジノ誘致"も、ここぞとばかりに、ヤリ玉に挙げてきたという。
「人権派の弁士を中心に、"ギャンブル中毒者を増やす"などと理由を挙げ、カジノ誘致を批判。今回、反対派の街宣で、カジノ誘致は最も話題に上るテーマのひとつでした」(同記者)

バッシングに次ぐバッシング。橋下サイドは5億円(!)もの予算を組み、テレビCM、ポスター、街宣車、インターネットと総力戦を展開。橋下氏自ら大阪市内の各区を回り、説明会で語り、有権者に理解を求めた。本気である。加えて、投開票日前の5月9日、橋下氏は、
「ここまで5年間、精力かけてやってきたことが、大阪市民の皆さんに否定されるということは、政治家として、まったく能力がないということ」
「そんなら政治家辞めないと、危なくてしょうがない」
「運転能力のない者がハンドル握るようなもんでね、早く辞めなきゃダメです」
と、都構想が否決されたら"即引退"を表明。本稿執筆時点(5月14日)では結果はわからないが、どうなることかと耳目を集めた。

しかし、この男が簡単に表舞台を去るはずがない。勝っても負けても、万事滞りなきよう、すでに安倍首相サイドとガッチリ手を握っていたというから穏やかではない。官邸が急きょ、都構想のバックアップに打って出たのも、唐突だった。
「地元の自民党大阪府連の都構想反対という方針に対し、菅義偉官房長官が異例の異議申し立て。"無駄の解消には大なたが必要"と言い、選挙期間中、橋下氏へのエールを公に語り続けました」(野党選対幹部)

むろん、両者は単純に"仲良し"というわけではない。今、永田町では某日、「安倍首相との大阪密約」が取り交わされたともっぱらだ。
「5月5日、一連の活動で大事な時期なのに、橋下氏は松井一郎大阪府知事とともに遊説を終日、欠席しました。この日が安倍首相サイドと話をつけた"Xデー"で、だからこそ、後日(9日)、橋下氏は安心して引退発言をブチ上げられたというんです」(政治部デスク)

にわかには信じ難い話だが、首相が手を差し伸べる理由が十二分にある。「大阪密約」の中身とは何か? 同デスクが続ける。
「安倍さんの悲願である憲法改正、また安保法制等に対し、維新の党として賛成票を投じ、協力する。その代わりに、"それ相応の処遇"を施すというものです」

確かに、安倍首相にとって、維新の党の"数"は魅力的だろう。
「憲法改正を発議するには、衆参両院で3分の2の議席数を確保することが条件。現在、自公与党は衆院で326議席を確保していますが、一方の参院では、3分の2にはほど遠い」
とは、前出の野党選対幹部。参院では維新の党の11議席を加えてもまだまだ足りないが、政治評論家の浅川博忠氏はこう指摘する。
「安倍首相と橋下氏(維新の党)が組むことは、改憲の賛否で揺れる公明党への牽制にもなります。公明党は、これからも改憲で右往左往するはず。その際、維新を味方につけた首相が"それなら、ついてこなくてもいいよ"と突き放すことも可能ですから」

しかしながら、現状では自民、公明、維新の3党を合算しても数が足りず、改憲は現実的な段階ではない。万事休すか。
「それで今、安倍さんが考えているのは来年夏、衆参ダブル選に賭けること。"憲法改正の是非を問う選挙"と位置づけるわけです。とはいえ、永田町の過去の例を見るに、改憲を争点にすれば大幅な議席減は必至です」(前出の野党選対幹部)

それではまったくダメではないか、と言いたくもなるが、ここで秘策の"爆弾"をブチ込むという。

  1. 1
  2. 2
  3. 3