―今回の本『逆説のプロレス』掲載の永島勝司さんインタビューでは、新日本との交渉役として、天龍さんの奥さん(まき代さん)を高評する声もあったのですが。

天龍 うん、まき代がやってましたね。ウチ(WAR)の自由も新日本の自由も通してくれた。じつを言って、交渉上手だったと思いますよ。

―94年の1月4日には、宿願の猪木さんとの一騎打ちを迎えます。

天龍 猪木さんとは、じつは89年にロスでお会いしてるんですよ。間に入った人が、「猪木さんきてるから、会ってみる?」って。話したのはただの世間話だけど、「夢を語る人だなあ」という感じだった。未来に向けての話しかしない人。当時、俺は全日本所属だったから、地に足の着いた現実的な馬場さんと、将来に急ぐ猪木さんとの違いを、まざまざと感じましたよ。

―試合内容は、猪木さんのシビアな攻めが目立ちましたね。

天龍 今思うと、よく受けてくれたと思うんだよね。元全日本プロレスのジャイアント馬場の弟子である男の挑戦を。自分の先輩(馬場)が育てた男を相手にするっていうのは、すごい度胸だと思う。それに、当時の猪木さんなら、なんやかんや理由をつけて逃げることもできたと思うんだよね。それをしなかった猪木さんの気持ちに、逆にこちらが圧倒された部分はなくもないよ。実際、腕ひしぎの時に、俺、指を脱臼させられてるからね。「あんちゃん、俺の方がすべて上なんだよ」という感じできたね。俺が失神したスリーパーにしても。そういうスタンスに反発する気持ちで、突っ張りを出したのを覚えてる。対新日本で一番印象に残るのは、猪木戦だね。俺は今年引退するけれど、猪木さんは引退興行もよかった。余談だけれど、船木(誠勝)がヒクソンに負けて、すっぱりと「引退します」と言ったのも、俺には凄く印象深い引退だったね(00年5月26日)。

(15年3月、品川・ホテル東京インターコンチネンタルにて)

※取材全文から一部分のみ抜粋、全編は「逆説のプロレス」本誌でお楽しみください。

取材◎瑞佐富郎

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「新シリーズ 逆説のプロレス」(双葉社スーパームック)より引用

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