歯は歯の問題にとどまらない

「噛み合わせが低くなると、口の中の空間が狭くなってきます。すると咀嚼したり、飲み込んだりする力も衰えてしまう。充分な咀嚼ができなくなれば、消化吸収にも影響して、健康にも問題が出てきます」

口を充分に使わないと、顔の筋肉も衰え、噛む力もさらに衰え、滑舌が悪くなり、シワが増え……、やがて認知機能にまで影響するといいます。

「おおげさな、と思うかもしれません。65歳で寿命が終わる時代は、それでよかったかもしれません。しかし、80、90、100……と生きる時代に、歯科医は歯と歯茎を診ているだけではダメなんです。歯の数を守ること以上に、飲み込む、笑う、話す……これらの機能が大事なんです。WHOもそう提言しています」

高齢化社会に向け、健康寿命を延ばすためには、口腔機能をしっかり診られる歯科医が育たないといけない。そうすれば、胃ろうも絶飲食も、寝たきりも減らせる。認知症ももっと防げる!

全国の病院、老人施設などで、嚥下リハビリテーションの啓蒙、普及活動をしている篠原先生は、声を大にします。

「老人病院では、胃ろうや絶飲食が蔓延していますが、多くは口から食べられるのです。好きなお酒をひと口、好きなオレンジをひと口食べたら、俄然、本人もやる気になるんです。ご家族も明るくなる。それなのに、家族がちょっと水を飲ませただけで、医師や看護師から叱られる、死にますよ、なんて言われる。それが医療でしょうか。年をとって肺炎になると、すぐに口から食べさせない、となりますが、私たちが肺炎になっても薬だけ飲んでいればいい、とはならないでしょう。しっかり食べて栄養をつけなければいけない。なのになぜ、年寄りの肺炎だけ、食べ物を取り上げるんでしょうか?」

口から食べるようになったら、それまでまったく意思疎通できないと思っていた人が、笑うようになった。寝たきりだった人が立って歩けるようになった。脳腫瘍であいさつできなかった人が、目であいさつできるようになった。自宅での外泊ができるようになった。そして施設に戻った晩に、「寂しい」とハラハラと泣いた……。人間の感情を取り戻した――。

口から食べる、飲むことの計り知れない効果を、目の当たりにしてきた篠原先生。

歯は歯の問題にとどまらない。不眠や肩こり、頭痛、腰痛…の不調にもとどまらない。口から食べるということは、健康の根幹であり、いのちの根源、いのちの尊厳にかかわることなのですね。

「どうぞ、長寿社会を見据えた歯科治療を受けて欲しい。本当は歯科医こそ、もっと目覚めて勉強しないといけないのですが……。自分の身は自分で守る、強い意志を持って、歯科医を選んでほしいと思います」

ほかの病気と同様に、治療に疑問や不安を抱いたら、セカンドオピニオン、サードオピニオンを受けて欲しい、と篠原先生。そのときは、「歯科口腔外科専門医」の受診がオススメ。一般の歯科医師とは違った見地で、体全体を視野に入れて、不具合の可能性を探してくれるといいます。

日本口腔外科学会のサイトでは、「口腔外科専門医」のリストを公開しています。医師名と都道府県名しか公開されていませんが、信頼できる医師を探す参考になりますよ!

日本口腔外科学会 http://www.jsoms.or.jp/


篠原裕之・著 『歯医者が病気をつくる』1404円(税込)あさ出版

頭痛、肩こり、腰痛、冷え、不眠、うつ…心身の不調が、歯科治療によってもたらされているかもしれない。寝たきりや胃ろうを減らし、最後までイキイキと暮らすための「口腔ケア」の必要性を訴える。今の歯科治療に警鐘を鳴らす、一冊。



(取材・文/眠りの女王ヒサコ)

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