日本近代の偉人、福沢諭吉は◯◯依存症だった!?の画像
日本近代の偉人、福沢諭吉は◯◯依存症だった!?の画像

歴史に名を残した偉人も、完全無欠の聖人だったわけではありません。教科書などには載らないプライベートな生活では、けっこう情けない一面を見せたりしています。

たとえば、慶応義塾の創始者で1万円札の顔でもある福沢諭吉。彼は無類の酒好きで、若い頃は朝から飲んだくれていました。しかしあるとき、これではいかんと一念発起。「酒をやめる」と宣言します。

すると、それを面白がった友人が諭吉にこう言ったそうです。

「やりたいことを我慢するのは体に毒だろう。酒をやめるなら、タバコをやったらどうか」

結局、諭吉は禁酒に失敗。酒に加え、それまで吸わなかったタバコもやめられなくなっています。

また、諭吉は「学問のすゝめ」に「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」と書いていますが、建前と本音は別だったのかもしれません。自分の娘が結婚したいと恋人を連れてきたとき、激昂して娘の恋人にこう怒鳴りつけました。

「ウチの娘と結婚するなど、身分違いだ!」

ついでに、早稲田大学の創始者である大隈重信のエピソードもひとつ紹介しましょう。
大隈は学生時代から強烈な自信家で、何でも1番でないと気がすまないタチでした。ところが、学友の中にやたら習字のうまい者がいて、どうやっても勝てません。

そこで大隈は、学友に絶対に負けない秘策を考え、実行しました。それは字を書かないこと。そうすれば比べられることはないというわけです。
以降、大隈は筆をとらず、総理大臣になってからも一切の文字を書くことを拒否し続けたといわれています。

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