有無を言わせぬ人事が裏目に

「金正恩は軍権を掌握するには、自分が育てた人材が軍の実権を握ることが必要と考えています。しかし、父・金正日総書記が軍の意向を最大限に反映する"先軍政治"を打ちだし、ポストと待遇改善に力を注いだため、軍には有力幹部がひしめき、世代交代が困難でした」(井野氏)

金正日世代からの守旧派は、金正恩を新米の指導者と見なし、さまざまな進言と忠告を行ったが、これが血気盛んな"独裁者"の逆鱗に触れたという。
「金正恩が12年に、叔父で実質的なナンバー2だった張成沢(チャンソンテク)を処刑したのも、自身の権力を確立するためでした。父の妹を妻とする同じ"金ファミリー"の一員の張を"凶悪な陰謀家""犬畜生にも劣る醜悪な人間のゴミ"とまで罵り、国家転覆陰謀行為で死刑に処した衝撃は計り知れません」(外務省関係者)

張が兄弟らを通じ、一大派閥を軍内に築き上げていたことから、金正恩の軍に対する不信感も高まっていったといわれる。
「金正恩は少しでも不信を抱かせる行為があると、すぐ粛清を行います。そうした有無を言わせない人事で軍に威厳を示し、忠誠心を創出しようとしました。しかし、軍内の守旧派は"第一書記が不文律を破り、首脳人事を好き嫌いだけで行っている"と不満を募らせ、軋轢が生まれている。内外で張成沢派の残党狩りが行われている現在、張派と軍内の守旧派が結び、"金正恩打倒"に立ち上がるシナリオは、決して否定できません」(井野氏)

そうした軍部の不満をガス抜きする意図もあった今回の軍事行動だが、金正恩は思わぬ代償を払うことになりそうだ。

8月25日の会談では、韓国が拡声器放送を中止し、北朝鮮は地雷に関して遺憾の意を表明し、和解した。
「(和解で)北朝鮮が失ったものは大きいです。70周年記念行事で、核実験やミサイル発射実験などが今回の合意で、実現できなくなったんです」(前出の李教授)

国威発揚の手段も奪われ、軍部の不満は募るばかり。ガス抜きどころか、逆効果に……。
果たして、10月10日を金正恩第一書記は無事に迎えることができるのか……破滅へのカウントダウンは、すでに始まっている。

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