その4 魁傑VS旭国(昭和53年春場所)

大相撲史上、最長不倒といわれる熱戦。魁傑は大関に2回昇進したことで知られるが、このとき、2回目の大関陥落で平幕へ番付が下がり、翌年に引退。一方の大関・旭国も三十路のベテラン力士だった。

その2人が水入り、取組再開で、計10分を越える死闘を繰り広げた。
「熱戦といっても、普通は長くて3分。しかも、最近は四つに組み合っての相撲が減ってきているだけに、記憶に残っています」
と感慨深く語るのは『大相撲想い出の名力士たち』(双葉社刊)の著書があるノンフクションライターの武田葉月さん。

まず、小兵の旭国が右を差して頭をつけ、やがて両者、左四つがっぷりとなり、両者攻めあぐんで水入りとなった。再開後、魁傑は旭国の体を起こし、右上手投げを繰り出そうとするが、それも決まらず、再び水入りに。協議の結果、一番あと(約10分後)に取り直しと決まり、両者はいったん支度部屋へ下がる異例の事態となった。

「三十路の両者が渾身の力を振り絞り、取り直しの一番では、すくい投げで魁傑が勝ちました。でも、そのときの髪はもうボサボサ。ヘトヘトになったベテラン2人の姿が忘れられません」(前同)

NHK相撲中継も午後6時までには終わらず、25分間の延長になったという。
異例尽くしの一番だ。

その5 高見山VS貴ノ花(昭和55年秋場所)

高見山は最高位の関脇から平幕へ陥落し、貴ノ花は引退する前年。観衆を魅了してきた人気者同士の最後の戦いが名勝負となった。

高見山がまず得意の突っ張りで突き放しにかかろうとすると、貴ノ花は巧みに突っ張りをかいくぐって両差し。貴ノ花は右から投げを打ち、高見山の巨体は大きく傾いたものの、高見山は左小手投げを打ち返し、右手で貴ノ花の頭を押さえつけた。
「土俵際の小手投げ(高見山)と、すくい投げ(貴ノ花)の打ち合いが見事。いったん、高見山が先に落ちたように見え、貴ノ花に軍配があがるんです。しかし、物言いがつき、貴ノ花のマゲが先に土俵についていたとして、軍配差し違えで高見山の白星。貴ノ花の驚異の足腰、さらには、差し違いでの黒星にも一切言い訳をしなかった潔さが素晴らしいですね」(武田さん)

のちに、貴ノ花が"マゲ敗け"したと語り継がれる伝説の一番である。

その6 西乃龍VS貴花田(平成2年春場所)

のちに"平成の大横綱"となる貴乃花(当時は貴花田)の十両時代の一番。その貴花田は十両に昇進した際、「史上最年少で関取になった」と騒がれ、当時、十両の力士たちは「貴花田にギャフンと言わせてやれ」を合言葉に、打倒・貴花田に燃えていたという。

「17歳の貴花田に対して、西乃龍は"十両の番人"といわれる26歳。その意地もあったんでしょう。立ち合い後、西乃龍の厳しい張り手を頬に受け、虚を突かれた貴花田は無残にも土俵下に突き倒され、館内からは悲鳴があがりました。前年、西乃龍は若花田(のちに横綱・若乃花)にも同じ作戦で勝ち、若貴兄弟を揃って破った初めての力士となりました」(武田さん)

西乃龍はその後、しこ名を常の山と改め、新入幕を果たすが、やがて幕内に定着できず引退している。いくら若貴兄弟を初めて連覇した力士とはいえ、それだけでは記憶に残らないが、この話には続きがある。

はるか後年。引退後に貴乃花親方は、大阪場所(3月場所)担当部長となり、在阪中、毎日のように大阪・千日前で西乃龍が経営する、ちゃんこ料理店に通っていたという。
「順当に昇進していた貴乃花が、西乃龍に敗れて初めて壁にぶちあたり、それを乗り越えられたからこそ、今の自分がある。そんな思いで、店に通っていたのかもしれません」(前同)

この後日談なくして語れない名勝負だろう。

その7 貴乃花VS武蔵丸(平成13年夏場所)

「痛みに耐えて、よく頑張った。感動した! おめでとう!」

優勝した貴乃花に内閣総理大臣杯を授与した小泉純一郎首相(当時)の名セリフとともに、「日本中が感動した一番。千秋楽の優勝決定戦、手負いの貴乃花が"鬼の形相"で武蔵丸を投げ捨てました」(長山氏)

この場所、13日目まで全勝で来た貴乃花に14日目、異変が起きる。大関・武双山との対戦で右ひざ亜脱臼のケガを負い、千秋楽の出場さえ危ぶまれたのだ。

しかし、貴乃花は強行出場。武蔵丸との本割(正規の取組)での対戦では予想通り、相手にならず、武蔵丸が完勝。まさか、優勝決定戦で奇跡が起きるとは誰も予想していなかった。
「決定戦で土俵に上がった貴乃花が塩を取りに行き、そのとき、亜脱臼している右ひざを回してみたら、うまくハマったというんですよ。それで、なんとか戦えると思ったと……」(前同)

貴乃花は右足を引きずりながら対戦に臨み、左からの上手投げで勝利した。そのあと、目を吊り上げ、唇を噛みしめた表情は、まさに"勝負の鬼"。これが貴乃花最後の優勝になった。

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