映画監督・深川栄洋「思い通りにならないものの中に、美しさがある」の画像
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「駄目な部分を駄目なまま出す映画を作るのが僕の道なのかな」

映画監督になって、何が悲しかったって、自分の個性が普通だったことなんです。

映画監督といえば、破天荒だったり個性的な人が多いんですが、僕は、子どもの頃から映画監督になりたかったわけでもないし、映画が好きだったわけでもないごくごく普通の田舎者でしたから。

そもそも、映画の勉強を始めたのは、高校生の時につきあっていた女の子が、映画好きだったので、その子に良く思われたくてという不純な動機だったんです。
彼女に認められたくて映画の専門学校に入ったものの、監督になれる頭はないなと思っていたので、録音技師になるつもりでした。

ただ、専門学校で"脚本書いてみろ"って先生から言われて、書いたら、おもしろいって言ってくれる人が多くて、監督としてカメラを回すことになったんです。
その時に、今まで味わったことのない高揚感があって、寝る暇ももったいないなと思うほど夢中になっている自分に気がついて、"あ、これにしがみつきたいな"って思った。でも、普通の田舎者でしたから、自主映画を作って上映会で流しても、人気投票では、2番とか、3番どまりで、どうしても1番になれなかった。突き抜けたおもしろさっていうのが、なかったんだと思います。

そんな時に、職人を何人も抱える内装業を営んでいた親父に言われたんです。"お前が身に着けた技術や感覚は、お前が作ったものじゃないんだ。先輩たちから教わったもので、自分が作ったんだっていう顔をするな"って。要は、自分だけのオリジナルなんてものは、ないんだってことだったんだと思います。

それで、ふっきれたんですよ。"もう、普通でいいや。何を作っても、突き抜けられないんだから、それを引き受けよう"って。そう思った時から、作品を見てくれるお客さんが、広がっていったんですよね。

駄目な部分を良くしていくのが、映画ではなくて、駄目な部分を駄目なまま出す映画、キャラクターを生み出すことが僕の道なのかなって思って、やり始めたら、それが認められて、仕事になっていった。不思議なもんですよね。諦めたら、それをいいって言ってくれる人がいるんですから。だから、あまり映画に対して自分の個性を色濃く映し出したいとは、思わないんです。

若い頃は、自分のやりたいことにとらわれて、撮影の現場でも自分の思い通りにすることばかりを考えて、本質が見えなかったということもあったと思うんです。
でも、少しは映画の勉強をしてきて、今は、あるがままというか、自分の思い通りにならないものの中に、美しさがあるなって思えるようになりましたね。

今回、撮影した映画『先生と迷い猫』は、一匹の野良猫を通して、希薄になっていた地域の人間関係が復活していくというお話なので、猫がとても重要な出演者なんです。
まあ、猫ですから言うことは聞いてくれないし、コントロールできませんでしたね。ただ、今回の主演のイッセー尾形さんも言うことは聞いてくれませんから、そういう意味で2人はいい相性だったかもしれないですね(笑)。イッセーさんに今回、出演のお願いをしたのも、コントロールできないものが、おもしろいっていう考えに繋がるかもしれません。

ただ、猫はかわいいですよ。言うとおりにならないけど、現場で、文句なんて言いませんからね。割と人間の俳優さんは言うんですが(笑)。猫を被写体に選らんだのは、結局、どうしたら自分でこの仕事に対して退屈にならないでいられるかなんです。根が飽き性なので、30歳の時に、『60歳のラブレター』でメジャー映画デビューできたんですけど、その時に"退屈に思えちゃっているな"って感じてしまって、ただただ好きで始めたことですから、その時の情熱を大事に、今後も飽きないように映画を撮り続けていきたいですね。

撮影/弦巻 勝


深川栄洋 ふかがわ・よしひろ

1976年、千葉県生まれ。専門学校の卒業制作『全力ボンバイエ!』が第2回水戸短編映画祭水戸市長賞を受賞。04年の『自転少年』で商業映画監督としてデビュー。09年のイッセー尾形主演の『60歳のラブレター』がヒットし、一躍脚光を浴びる。その後も堀北真希主演の『白夜行』、蒼井優主演の『洋菓子店コアンドル』などのヒット作を手がける。

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