「キムタク」は強運を呼ぶ名前?才能ある3人の「キムラタクヤ」たちの画像
「キムタク」は強運を呼ぶ名前?才能ある3人の「キムラタクヤ」たちの画像

「キムタク」といえば、国民的アイドル・SMAPの木村拓哉であるのはいわずもがな。彼が「キムタク」と呼ばれるようになってからは、わが子に「拓哉」と名づける「ジャニママ」が急増。さらには「木村」姓の男と結婚に持ちこむイタイ女も出没したとか。それはさておき、「キムラタクヤ」という名前にはなにか強運のようなものがあるのか、表舞台で活躍するキムタクはほかにも存在する。

 有名なところでは、フジテレビのフレッシュアナウンサー・木村拓也さんだ。字こそ違うが、略称がキムタクになってしまうことを気遣い愛称は「キムタック」にしている。90年生まれの25歳で、今年結婚したばかりの新婚さんだ。小・中・高校時代は人知れず本家・キムタクとの戦いの連続だったという。カラオケに行くと無条件でSMAPを入れられ、入学式や卒業式では名前を呼ばれるたびにザワついた。しかし、法政大学在学中にはじめた東京・浅草の人力車の車夫のアルバイトでは、本名を名乗るだけで覚えてもらえ、「浅草のキムタク」というキャッチフレーズを自らつけ、売り上げは上々だった。

 そんなキムタックが比較されたというもう1人の「キムラタクヤ」は、広島東洋カープや読売ジャイアンツで活躍した元プロ野球選手の木村拓也(故人)さんだ。1990年にプロ野球入り。捕手としての入団ながら内野手、外野手もこなし、「ピッチャー以外はどこでもできる」ユーティリティプレイヤーとして大活躍。決してスポットライトを浴びるような存在ではなかったが、その地味ながらも堅実なプレイぶりで人気を集め、2004年にはアテネオリンピックの野球日本代表に選出されている。まさに「縁の下の力持ち」的な選手でありながらも、多くの野球ファンに愛された稀有な存在だった。2009年に現役を引退。翌年から巨人の1軍内野守備走塁コーチとして奮闘していたが、同年、クモ膜下出血で急逝。37歳という若さだった。

 芸能界、アナウンサー、野球界、それぞれ活躍の場は異なるが、秀でた才能の持った3人のキムタク。我が子にその名前をつけたくなる母親の気持ちも分からなくはない。

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