嵐と関ジャニ「同じ釜の飯を食った」仲間だった!!の画像
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 30代で働きざかり、社会人としてもっとも脂がのっているこの世代は、ジャニーズタレントでいうと嵐や関ジャニ∞に該当する。いまでは両グループとも「紅白常連歌手」に成り上がった。いわゆる同じ釜の飯を食った者同士だが、特に1996年は、ジャニーズJr.が大豊作だった。

 関西ジャニーズJr.では、9月に渋谷すばると丸山隆平、12月に村上信五と横山裕が入所している。4人がのちに、関ジャニとなったのは周知の事実だ。一方、東京ではその頃、二宮和也と松本潤と相葉雅紀ら、のちに嵐となった3人がオーディションに合格。同年、生田斗真も狭き門をくぐり抜けていた。

 このうち東京・原宿にあった合宿所で寝食を共にしていたのは、渋谷、村上、横山の3人だ。二宮と相葉は、同時期一緒にレッスン場に通っていた風間俊介、亀梨和也(KAT―TUN)と同じ総武線沿線だったため「チ―ム総武線」を名乗って、一緒に帰っていた。松本も合宿所に入居していたが、実家に近かったこともあり、しょっちゅう帰省していたそうだ。

 大阪から上京した3人は関東に友だちがいないため、いつも行動を共にしていた。当時はまだ内向的で、関東Jr.勢に負けてたまるかという虚勢を張りまくっていたため、毎日が試練の連続。渋谷はあきらかに自分を見失ってしまい、自暴自棄な行動をしてしまうこともあったとか。

 そんな中、苦労をかけた母と可愛がってきた弟を進学させるために、是が非でも売れなければならなかった横山は、人見知りだった性格を克服する。関東Jr.にも心を開くようになると、チーム総武線で千葉県出身の相葉と仲良くなった。いつしか相葉は、しょっちゅう合宿所に遊びにくるようになり、横山と一緒に入浴したり、買い物に行ったりと四六時中一緒にいた。

 お金はないが2人でよく街をブラついていたところ、ある日、繁華街でヤンキーに絡まれる。ビビりまくったと同時に、Jr.といえど芸能の仕事をしている身、「顔に傷をつけるわけにはいかない」と横山は思ったそうだ。その瞬間、ふと横を見るとさっきまでいたはずの相葉が姿を消していた。なんと一人、猛スピードで逃げていたのだ。

 同期で芸能活動を始めて、今年でちょうど20年になる彼等、いまでも嵐と関ジャニの仲がいいのは、そんな下積み時代があったからかもしれない。

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