松井秀喜のゴジラ砲炸裂!「“春のセンバツ”モンスター選手誕生の瞬間」

 それまでの鬱憤を晴らす一撃だった――。1年生の夏、4番打者として甲子園に出場した松井秀喜(青陵)は3打数無安打で、チームも初戦敗退。2年生の夏も星稜は甲子園ベスト4まで進むが、松井は1本塁打と満足な成績は収められなかった。

 眠れるゴジラが目を覚ましたのが1998年、最後のセンバツ甲子園だった。開幕戦(相手は宮古)に登場すると、いきなり松井のバットが火を噴く。 3回、ランナーを二、三塁に置いて打席に立つと、真ん中高めの速球を叩く。すると、打球は弾丸ライナーで右中間の一番深いところに突き刺さった。

「この大会からラッキーゾーンが撤廃され、本塁打が減少するといわれていたんです。そこでいきなり第1号を放つあたり、まさに規格外でした。本当に打球がエグかった。これまでの中で一番でしょうね」(スポーツ紙カメラマン)

 5回にも再び、右中間に3ラン。この試合、4打数4安打7打点の大暴れ。続く二回戦の堀越戦でも本塁打を放ち、“怪物スラッガー”の誕生に日本中が沸いた。

 この活躍がなければ、当時物議を醸し、いまや伝説ともなった「5打席連続敬遠」はなかったかもしれない――。

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